筋肉注射の手技が変わっています
筋肉注射、略して筋注の手技が変わっているので
皆さん最新の情報をチェックしてください。
私も各所のアップデートをこれから手配します。。。
「書籍」のアップデートを届けるのって難しい!!!
でもがんばる。(2020.3.27)
筋肉注射、略して筋注の手技が変わっているので
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私も各所のアップデートをこれから手配します。。。
「書籍」のアップデートを届けるのって難しい!!!
でもがんばる。(2020.3.27)
エキスパートナース2021年4月号にて、「この春から看護師となるあなたへ」というテーマで文章4ページ、カラーまんがを2ページ書きました。本当に久しぶりに絵と文章を書くことができました。ある意味、この一年の私の集大成です。みんな読んでね。
最近エキナスちゃんの中の人が鬼滅のことしか話さなくなったので、クリスマスにおうちにやって来たDX日輪刀くんにも出演してもらいました。(2020/3/27)
COVID-19が身近に到着した2020年3月に私は今年の目標を大幅に下方修正しました。
「とりあえず年末まで生き延びること」と「子どもを虐待しないこと」です。
この二つの大きな目標を、私はどうやら達成できたみたいです。よかった。生きててよかった!
さらにできれば、「自身がCOVID-19にかからないようにすること」「うつに気をつけること」「自分と家族の心身の健康を保つこと」。この3つの努力目標も、なんとか年内は達成できました。年末を一つの区切りとして、ほっと一息ついて自分を褒めたいと思います。
それ以上の仕事や勉強や創作やおたく活動での目標はすべていったん保留です。あきらめたわけでも、取り上げられてしまったわけでも、やる気がなくなったわけでもありません。でも処理速度が追いついていないので、いったん保留にしています。
冬のエアコミケも何かやりたいと思っていたのですが、第三波があまりに深く、重く、長きにわたっているため、なかなか創作まで手が回りませんでした。今日だって私は去年の年末にはなかった類の仕事をしています。去年の今ごろはコミケに出て、ハロプロのカウントダウンを見て、年越しの宴で酒を飲んでいたというのに。今年はそのどれもありません。
来年もおそらく、同じ目標を胸に生活していくことになるのでしょう。
医療者の皆さんが心身ともに健康でありますように。
皆さまよいお年を。(2020.12.31)
(前編はこちら)
※この文章はCOVID-19流行前の2020年2月末までにほぼ9割を書いています。文章がまとっている時代の空気が明らかに現在と違いますが、2019年のランキングなので、あえてそのままにしています。
渋谷のまんだらけでルパンレンジャーVSパトレンジャーの中古玩具を探しながら店内BGMとして耳にし、一気にひき込まれた曲。古典的かつ普遍的な音楽との出会いである。その場で歌詞を検索し、『ダンベル何キロ持てる?』アニメ主題歌であることを知った。なんといっても主役二人の声優さんの掛け合いが素晴らしい。石川界人さんすごい。
三島由紀夫は小説の中で自らが感情移入する右翼軍人の主人公に「どんな時代になろうと、権力のもっとも深い実質は若者の筋肉だ。それを忘れるな。」と言わせていた。当時の私にはその意味がさっぱりわからなかった。でも今ならわかる。若者の衝動をもって筋肉――つまり接近戦で行われる一対一の突発的で避けきれない暴力――を使うことは、確かに人を畏怖させ、周囲の人間を萎縮させ、結果的に集団を動かしてしまう「力」になる。つまり権力になる。
一部の富裕層が若者や女性や貧困者の身分を下位で固定し、古くは小作人/現在日本ならば派遣社員や低賃金労働者として搾取し、その差を決して埋めず、格差をますます拡大・固定化しようとする時代において、肉体至上主義が台頭してくるのは必然である。つまり若い部下が尊厳を破壊された瞬間に、かっとなって暴力を使い、ひょろひょろでしょぼしょぼな老人の上司相手の肉体を一瞬で破壊したくなる衝動だ。映画『Mr.インクレディブル』冒頭のあれ。米国のマッチョイズムにもきっと似たような根幹があるのだろう。
自分よりも弱い相手だけ攻撃する(強い相手とは戦わない)人間はたくさんいる。「反撃の可能性がない」と判断した相手に対して、どんな失礼なことも平気で行う人間はいる。本当にたくさんいる。そういう奴らに舐められないために必要なのが「わかりやすい見た目の強さ」、つまり筋肉だ。というわけで筋肉至上主義が台頭してくるのは歴史の必然。「私も体を鍛えよう!」そう思った私は、自宅でNintendo Switch リングフィットトレーニングを始めた。ジムへ通う社交性は、ない。どこまでもインドア。
先ほど「メジャーボーイ」を知った同じスレッドの中で、「吉本坂2ndシングルのチームREDみたいなのをモー娘。がやって欲しかったよね」というコメントとともに紹介されていたゆえに聴いた曲。
中の人は全員吉本所属であり、他に本業がある。グループ名に数字と「坂」が付いている。作詞は秋元康である。もう清々しいほどに「企画もの」である。企画以外の何ものでもない。おそらく広告代理店主導。どの程度の期間やるのか、どの程度の手間と予算を割くつもりなのか、どの程度新しいアイディアを盛り込むか、そのすべてが「企画」で決まり「企画」で始まり「企画」で終わることは、火を見るより明らかである。はっきり言うと萎える。そこに芸術家のほとばしる衝動が発露することも、魂がこもることも期待しにくい。それでも、この曲はいい。このMVが好きだ。歌詞は薄目で見ないようにしている。カジキイエロー↑↑ことスパーダこと新撰組リアンこと榊原徹士くんがいることに、4周目の再生で気が付いた。
眉村ちあきちゃんの即興曲の質の高さ、ライブにおける歌唱力、どう見ても孤高のシンガーソングライターであるのにも関わらずなぜか「女性アイドル」を自称してのびのびと活動する姿、全てが最高。いまさら私のような部外者が語るまでもないほど良い。新しいアルバムだって素晴らしかった。それでも、私が一番感情を揺さぶられたのは『朝日のように輝きたい』。深夜バラエティ番組『ゴッドタン』2019年9月21日の放送にて朝日奈央ちゃんのために作られた即興曲である。「何かやれ、何かやれ」というサビの歌詞が心に響く。
「具体的に」やるべき行動を提示することができる人って、実はそんなに多くない。具体的に「〇〇をやれ」って言えないんだよ。だってそう言っちゃったら、その結果の責任を自分が取らなくちゃいけないから。責任を取る勇気や決断力がある上司は実は非常に希有である。
何が受けて何が売れるかなんて、本当は誰にもわからない。そこで勝負できる独自のアイディアや自信のある人は少ない。そもそもそんなアイディアがあったら組織に所属せず独立してやる方が、今の日本ではてっとり早かったりする。
だから自分よりも若い人、自分よりも社会的地位が低い人に「何かやれ」と言う。何「を」やれ、とは言わない。丸投げである。組織の責任者であるにも関わらず「具体的に」何をやるか指示をしないのだ。そういう管理職は以前よりも増えているように私は感じている。
丸投げされた若者は窮地に陥り、とりあえず「何か」をやる。偉い人たちはただそれを「評価」する。「面白い」「使える」「使えない」「だめだこりゃ」などの評価。何も作り出さず、出来上がった作品をただ評価する。これは非常にたやすい。優越感さえ感じるだろう。その「何か」行われた事象について、責任を取る必要もない。だって具体的な指示をしていないのだから。「あいつが勝手にやった」と言える。責任を取らされるのは、その「何か」をすることに決めた若者である。偉い人はその「何か」を具体的にやれと指示したわけではないのだから、売れなくても面白くなくても炎上しても責任を逃れる(または逃れようとする)。「何か」をやらされた若者たちは、パニックになったり、炎上して社会的に抹殺されたり、トカゲの尻尾のように切られたり、何もできなかった自分に凹んだり、自分に才能がないと落ち込んでしまったりする。そんなことないのに。(ちなみに、それが奇跡的に当たった場合は「俺が育てた」と言い始めたり、自分の手柄にしたりする。)
会議において偉い人たちがただ「何かやれ」と言ってきたとき、それは「自分には今とくに新しいアイディアがない」と白状しているも同然の状態なのである。今ならわかる、私も歳をとったから。「具体的なアイディアが今のこの人には浮かんでいないのかもな」と思う。でも、世に出たばかりの若い頃はそうは思えなかった。ただ自らを責めるだろう。そうやって潰され、自信を失い、表舞台を去っていく作家志望の若者たちやハロプロの女の子たちを私はたくさん見てきた。彼女らのことを思い出し、私はテレビを見ながら泣いていた。朝日奈央ちゃんも泣いていたし、松丸アナも泣いていた。
若者たちはそうやって心を折られ、去っていく。創作の現場には(創作の現場であるにも関わらず)何も生み出せずアイディアのない年老いた権力者だけが残り、新商品を生み出せず、保守的な再生産品ばかりになって組織は立ち枯れていく。日本のいろんな社会に見られる縮図だと思う。
『仮面ライダージオウ』のテレビシリーズOP主題歌。AAAの末吉秀太さんとDA PUMPのISSAさんのコラボ。
『仮面ライダージオウ』のテレビシリーズは結局、文脈がよくわからないまま終わってしまった。シリーズ脚本の下山さんにとって2019年は大変な年であったと思う。「東映特撮の最大のライバルに成長したシンカリオンを意識しまくった結果、シンカリオンのシリーズ脚本の下山さんを連れてきたのかな?」といううがった見方をしてしまったほどである。私は意地が悪いな。下山さん、昨年は大変でしたね。シンカリオンの映画、サービス満点で最高によかったですよ。映画興行成績が思ったより振るわなかったとしても、それはあなたのせいではありません。だってシンカリオンの映画は見たいものが全部入ったサービス満点な最高の脚本だったから。TVシリーズが突然終わってしまったこと(そして需要がどこにも見当たらないオリンピックの特番が始まったこと)と、映画まで期間が半年あいたことが、視聴者の子供が離れた最大の要因だと私は思っています。
さて2019年8月、私は貴重な夏休みを一日潰してひとりでジオウの夏映画を見に行った。誰も私に付き合ってくれなかった。子どもも夫もすでに『ジオウ』という作品の物語に何かを期待していなかった。
結論として、この映画にはきちんとした物語があり「脈絡」があった。『ジオウ』でスタッフが本当にやりたかったのは、もしかしたら「これ」だったのかもしれない。TVの『仮面ライダージオウ』という物語には、結局のところ脈絡はなかった。私はなかったと思うし、あったと思う方はその筋を私に教えてほしい。『ジオウ』の結末を映画のようにしたかったのに、いろんな理由でそれができなかったのだとしたら(例:ウォズを悪役ライダーにできなかった)私は制作陣に同情する。映画の物語をTV本編でやらせてあげたかった。横やりがあったのかもしれないし、予算やスケジュールの都合もあったのかもしれない。わからない。わからないけれど、『ジオウ』の脚本をなんとか一年間成し遂げた下山さんと毛利さんには、あたたかいお風呂に入っておいしいごはんを食べてほしい。
ジオウの夏映画は私の大好きな「やけくその祭り」要素が満載で、とてもよかった。DA PUMPもよかった。一茶さん最高。メタフィクションも盛りだくさんで、あまりのテンションの高さと不条理さをゲラゲラ笑って楽しんだ。
特に秀逸だったのは長篠の戦いである。馬が一頭もいない。かわりに3人の人間による「運動会の騎馬」がいる。てっぺんに乗っている騎手は仮面ライダーである。「いけー!」と言いながら突き進んでいるのだ、「運動会の騎馬戦の騎馬」が。確かに騎馬ではある、騎馬ではあるが、まさかこれがあの有名な武田の騎馬隊なのだろうか。
織田軍の鉄砲隊も、もちろん存在しない。それどころか火縄銃は一丁も画面に写ってない。織田軍所属の仮面ライダーと、武田軍所属の仮面ライダーがそれぞれ巨大ロボを召喚し、乗り込み、小さい小川の狭い河原で戦っている。なんだこれ。こんな長篠の戦いを私は見たことがない。「ずば抜けた描写である」と言わざるをえない。
しかもその後のシリアスなシーンで主人公が「僕たちの知っている歴史って、後世の俺たちが勝手にイメージした話に過ぎないんじゃない?」という識者っぽい台詞を挟み込むのである。確かにそうだ。近年の研究では、三段構えの鉄砲隊は江戸時代の創作であり、実際は存在していなかったと言われている。武田の騎馬隊もそこまで多くなかったと言われているそうだ。本当の歴史では、武田騎馬隊に馬なんか一頭もいなかったのかもしれないし、銃だって一丁もなかったのかもしれないし、仮面ライダーが戦って勝敗を決めていたのかもしれない。現代の人間がそれを否定することは、決してできない。誰にもできない!「低予算で馬が用意できなかったんでしょ?」とか言ってはいけない。
「平成」生まれだけを吸い込むブラックホールといい、仮面ノリダーといい、平成額縁ライダーキック(そうとしか言いようがない)といい、どれもこれも2時間の映像をもたせるネタとして最高だった。でも、2時間「しか」もたないようにも思う。これをTVで1年間続けていたらどうなっていたんだろう?それはそれでキツいのかな?
さてここからはいきなり時間が戻り、2020年8月パンデミック後の世界線でこの文章を書いている。
2018年に発表の特撮番組のキャラクター・ソング。当時、私はこの曲にそこまでの思い入れはなかった。武道館の超英雄祭のトップバッターで初披露されたときも、「難しい曲だな!武道館公演の一番手でこんなに難易度が高い曲を歌うなんて結木くんは大変だ!」という感想しか持っていなかった。
当時の超英雄祭の映像。これを見ても分かるように、初披露においてはサビのオイ!くらいしか観客のコールは入っていない。
特撮ものの番組は、TV本編終了後に「ファイナルライブツアー」という名の全国をまわる興行ツアーをする。前半はヒーローショー、後半は番組主題歌やキャラクター・ソングの披露の合間にキャストのトークが入る二部構成だ。全国の劇場を回って、地方の子ども達に夢を届ける。キャストは子ども達から生の声援をもらう。この公演をもって役者たちは一年間続いたヒーローという役職から「卒業」する。ハロプロでいうところの「モーニング娘。コンサートツアー 2019春 ~○○○○卒業スペシャル~」と同じ構造だ。
https://natalie.mu/eiga/news/319317
キャラクター・ソングの披露は場所ごとに2~3人ずつ行われる。『Keepin’Faith』は浜松・福岡・大阪で合計7回披露された。その課程の中で「Keepin’ Faithのコールがすごいことになっている」という観客レポートを私はよく目にしていた。「圭ちゃんコールがだんだん増えている」と。私はそれを生で見ることは叶わなかったので(チケットは争奪戦であった)映像を楽しみにしていた。
2019年ファイナルライブツアーラスト公演のDVDに入っているこの曲を聴いて、私は腹を抱えて笑った。コールが進化してる!!!!しかもこれはハロヲタが入れたコールだ!私にはわかる!これ、ハロヲタのコールじゃねーか!ハロプロの文脈ですくすくと成長したコールだよ!
しかも、「ハロヲタのしわざだ」って絶対にばれないように、各会場に少しずつ紛れ混んでいただろう工藤のおたくたちが少しずつ丁寧に育てたコールだ。私にはわかる。
どこらへんをもってして「ハロプロのコールっぽい」と思うのか?詳細はめちゃくちゃ長くなるが、これから意を決して書く。「くだらねぇ」と思う方は読み飛ばしてくれて構わない。本当にくだらないので。
★★★★ここの部分執筆作業中(書けたらリンク貼ります)★★★★
このライブ映像を持って『Keepin’ Faith』は私の中で「最も魅力的なキャラクター・ソング」に一気に躍り出た。現場で育ったコール&レスポンスの持つ力である。この曲の作詞家であるSoflan Daichiさんがつばきファクトリーの新曲の歌詞を書く、と聞いて私は一人で納得の微笑みを浮かべている。さすがアップフロント!いいところに目を付ける!ハロヲタに受ける曲を作れる作詞家だって、一曲で見抜いたんでしょ?だから声をかけたんでしょ?さすがである。
ここからは余談だが(ずっと余談では?)私は「全然ハロプロじゃない人達の歌にたまたま居合わせたハロヲタが即興で入れるコール」が大好物なのだ。
※参照例
久住小春ちゃんが主演していた女児向けアニメ「きらりんレボリューション」のイベントに突如出てきた男子二人組・SHIPSに、初見にもかかわらず全力でコールを入れる皆さん。男子二人の名前の区別がいまいち付いていない状態でもメンバーコールを入れるおたくの皆さんが愛おしい。間違った名前をコールしている人もいる、推しジャンしてる人もいる、間奏のMIXが不発に終わっている(当時のハロプロではMIXが残存していたこともわかる)。
悲しいけれど、このような文化・このような現象が起こることはきっともうないだろう、という確信めいた予感が私の中にはある。
2020年8月現在、ハロヲタがコールできる現場は完全に失われてしまった。ヒーローショーで子供たちが声を出してヒーローを応援できる環境も、半永久的に奪われている。この2つがたまたま出会い、日本全国を回りながらゆっくりと時間をかけて成熟し、男性ヒーローのキャラクターソングに女性アイドルの客が集まり、アイドル文脈の応援コールがのってコール・アンド・レスポンスが育っていくという奇特な現象が起こることは、おそらくもう二度とない。それを語れる機会も、今しかない。それを語る人間も、きっと私しかいない。だから、いま書いた。ここまでお付き合いいただいた皆さま、どうもありがとうございました。
★★★★★★★★
以上です。即売会もできず楽曲のリリースがままならぬ中、2020年楽曲大賞選びはどれも困難を極めると思います。今のところ、私の中ではアニメ「アースグランナー」主題歌である『世界が君を必要とする時が来たんだ』がぶっちぎりの一位となる予定です。「痛いのは無理 めんどくさいのは嫌だ 平気な振りしてマジちびりそうさ てちょちょっとまってよベイビー これって現実なの!?」という歌詞が、個人防護具もないのに謎のウィルスに突然対峙せざるをえなくなった自らの現状にぴったりと寄り添いまくっていて、本当に困っています。私は世界を救うヒーローなんかになるのはまっぴらごめんです。自分と家族と周囲の知人と、自分の患者さんたちだけで手一杯ですから。(2020.9.30)
※この文章はCOVID-19流行前の2020年2月末までにほぼ9割を書いています。文章がまとっている時代の空気が明らかに現在と違いますが、2019年のランキングなので、あえてそのままにしています。
2019年11月に発売されたポケモン完全新作ゲーム『ポケットモンスター ソード・シールド』は本当に素晴らしい。ポケモン文化は今まさに世界中で美しく花開いている。
新作の舞台はイギリスだ。「イギリスという歴史ある国にどうアプローチするんだ?」という問いの答えは、サッカーとロックンロールであった。なるほど。「サッカーをどうやってポケモンに?」という問いへの答えは「観客」と「スタジアム」である。ポケモンバトルが欧州プロサッカーリーグのような一大興行になっているのだ。巨大スタジアムに大量の観客を入れて中継込みでバトルをする。たくさんの観客が観戦して盛り上がる。すげぇ!楽しい!
最も盛り上がるジムリーダーとの戦いは、サッカーのスタジアムを模した巨大な会場で行われる。主人公はユニフォームを着てピッチに向かい歩いて行く。スタジアムを大勢の観客が埋めている。観客はポケモンを倒すごとに、技が決まるごとに、そして技を外すたびに!おおいに盛り上がり歓声を上げる。
この曲は、イントロ→通常時→優勢/劣勢→最後の一匹と、戦況に応じて複数のフレーズが切り替わっていくのが最大の特徴だ。ポケモンが次々に倒れいよいよ最後の一匹になると、リズム隊だけが残ったBGMの上に観客の大合唱とエールが加わり、楽曲が一気に盛り上がっていく。ジムリーダーの最後の口上とともにピッチに投げ込まれたポケモンが巨大化する。キョダイマックスだ。この曲の素晴らしさと相まって気分が最高に高揚する瞬間である。
ゲーム発売前のCMでキョダイマックスを見たとき、私は「最後の一匹で巨大化って、スーパー戦隊かよ!」と不覚にも思ってしまった。何なら今でもキョダイマックスするたびに「産ー業ー革ー命ー!」とか「二の目があるぞー」とか「サンキューナリアァ!」って口に出してしまうときはある。そんな私の思慮の浅さに反して、キョダイマックスはとても魅力的だ。ゲームバランス的にも――強すぎず便利すぎず乱用しにくく――ちょうどいい。キョダイマックスポケモンの見た目の変化と、エフェクトの派手さも楽しい。盛り上がるね。
『ラジオ音源「青春night」超絶神曲のお知らせ』というスレッドでこの曲に出会った。もちろん、「青春nightいい曲だな」と思いながらスレッドを開いたのだ。
なんだよ、『メジャーボーイ』めっちゃいい曲じゃないか!!!つんく♂さん2019年度最高の名作だ。私の求めるつんく♂が詰まってる。なんでこの曲が娘。じゃないんだ!なんでこの曲がJuice=Juiceじゃないんだ!悔しい。これが嫉妬という感情か!うわーん!!!!
この曲に寄せたつんく♂さんのコメントも、くやしいほどの名文であった。
「やっちまった感というより、やらされちゃった感。
俺も時にプロデューサーでアーティストの才能を拡張させる立場。時に一作家。マネージャーの熱い情熱が作家の引き出しをこじ開け良い意味暴発させららることもあるんよね。シャ乱Q時代の和田マネがそうやったな。これ手応え!」
これを読んだ私はすべてを納得した。そうか。この曲がそんな経緯で作られたのならば、私の考えは完全に的はずれである。私はとんだかんちがいをしていた。CUBERSとCUBERSのスタッフにしか、この曲は引き出せなかった。だからこの曲は当然CUBERSに与えられるべきものであり、絶対に他の人間が掠め取ってはならない。「この曲をハロプロに」なんていう私の思惑はとんだ的外れであった。
だとしたら、今のハロプロはつんくさんの「引き出し」をこじ開ける装置としてあまり機能していないのかもしれない。是非もなし。
RIHO-METAL version
鞘師METAL、わたしは大歓迎です。小学生だったアクターズスクール広島時代から続く鞘師とすぅちゃんの歴史がいまだ続いていることに、私は歓喜の涙を流しています。世界中のメイトのみなさん、鞘師をよろしくおねがいいたします。
Purfumeを排出したアクターズスクール広島のほぼ同期でライバルだった鞘師とすぅちゃん。歌の中元、ダンスの鞘師と言われた両雄。モーニング娘。が好きだった鞘師は娘。オーデに合格し、すぅちゃんは順当にPurfumeの後輩になって可憐Girl’sになりさくら学院重音部になりBABYMETALになり、アイドルメタルでブレイクした。
いろいろあって鞘師は娘。を辞めソロパフォーマーになることを選んだ。いろいろあってBABYMETALからは重要なダンサーであるゆいちゃんが抜けた。広島の小学生だった二人が、大人になった今お互いのピンチに助け合い、協力し、Glastonburyの何万人もの観客の前でステージに立つ。こんなに盛り上がる物語が他にあるだろうか。鞘師にとってもすぅちゃんにとってもwin-winだ。私はこれを仕掛けてくれた全ての大人たちに感謝している。
とち狂って「最愛ちゃんと鞘師が『4の歌』を歌う日が来る!?鞘師にまた赤いサイリウムを振れる日が来るの!!?ふあー!!」と私は一瞬いきり立ったのだけれど、ベビメタってもう、そういうんじゃなかった……。そうか、そうだった……。ごめん……。私、まったく時代についていけてない。不勉強だわ。私の中のベビメタは今でもなお「さくら学院重音部」なのだ。しかも当時ですら私は、「さくら学院ならバトン部Twinklestarsでしょ!」っていうアイドル文脈大好きっ子だったのだ。(2011年俺コン参照) そんな調子だから「BABYMETAL3人目のサポートダンサーは姉METALことひめたんか、武藤会長で決まりでしょ!」とか思ってしまうのだ。まぁ、違いますよね。そりゃそうか。
BABAYMETALの握手会がない/ファン接触がない/ブログもSNSもない/写真集もない/歌のパート割もない/セクハラまみれのラジオもない/余分なMCもない環境は、ただただステージで自己を表現したい職人タイプの鞘師には向いていると思う。
サポートメンバーとして何の告知もなく、サプライズで横浜アリーナのステージに初登場するというやり方も、私は「ちょうどいい」采配だと思った。ハロプロファンとゆいちゃんファン両方の気持ちに目を配った名判断と感じた。
ハロヲタは結局のところ実力至上主義者なのでステージを見ないと納得しない。そして圧巻のステージを見れば、全ての言葉を飲み込んで幸せの微笑みを浮かべる。近年のハロヲタは「少女を消費しない」ことに敏感なので、鞘師がいきなり正規メンバーになっていたら、それはそれでYUIMETALの脱退とそれにまつわる職業選択の自由の有無、未成年の酷使(これはハロプロもそう)とメンタルケア(これはハロプロもそう)、プライベート露出に強い制約があることへの困惑、公式アナウンスが少ないことの不満がハロヲタの間で議論になったと思う。
その一方で、ゆいちゃんのファンや三姫体制を愛するメイトの皆さんも、ゆいちゃんにかわる新メンバーとして突然誰かが固定されたら、たとえそれが誰であっても拒否反応が出ていただろう。
ゆいちゃんがアメリカツアーに現れなかったとき私は打ちひしがれた。ゆいちゃんの不在について公式から長い間説明がなかったことにも失望していた。#whereisyuiタグを検索しながらゆいちゃんの絵を描くことくらいしかできなかった。私はハロプロ育ちなので、あまりの情報の少なさに耐えられなかった。それがベビメタという箱の特徴だとわかっていても。
ゆいちゃんのいなくなったベビメタはしばらくすぅもあ2人+複数の大人の女性バックダンサー体制で展開した。通称「ダークサイド」だ。ダンサーの一人である仮面ライダーマリカこと佃井さんのことを私は大好きだったし、彼女は素晴らしい仕事をしていたけれど、それでも私はダークサイドを楽しむことができなかった。三姫体制の「カワイイメタル」をまた楽しむことができたという意味でも、私は鞘師のアベンチャーズ加入に歓喜している。
なにより”Shanti”から始まる新曲がすっごくいい。この曲の素晴らしさで私はなにもかもを歓迎した。詩吟とインド歌謡を混ぜたような曲調も、すぅちゃんの歌声も、二人のダンスも素晴らしい。曼荼羅の中央に三姫が映るバックモニターの映像も素晴らしい。独特の中毒性がある。
この曲を踊る鞘師が見られるのなら私はどこへだって行くのだけど、アベンチャーズか誰なのか幕が上がるまでわからないの!?海外だったら鞘師の可能性が高いのか?えええああぁぁぁぁぁううううぅぅううまじでか……。
『妖怪ウォッチ』2019年冬映画の主題歌です。妖怪ウォッチの映画、毎年上映してるんですよ。もう6年目です。皆さん知ってました?冬休みにあわせてやってます。今年は、妖怪を擬人化した上に学園ものです。二次創作界隈でもよく見る定番ですね。ちなみに昨年は60年代もの、一昨年は鬼太郎コラボ、その前は8割実写でした。
『妖怪』のコレクションアイテムって、もうメダルじゃないんですよ。アークっていう別のおもちゃなんです。メダルとの互換性は、なし。当然なし。レベルファイブはいつもそう。せっかく作ったコンテンツを長く続けるつもりがないんです。おもちゃだってあっという間に使い捨て。過去作のポケモンをどこまでも連れてこられるよう、できる限りの手を尽くすゲームフリークとは企業姿勢がまるで違います。
ちなみにコロコロの『妖怪ウォッチ』漫画の中には、「メダルをアークに買えてくれるお店」があります。現実でもそんな店があったらいいのに!漫画の方がずっとずっと子ども達のことわかってるよ!!!!!現実のレベルファイブとバンダイは、『妖怪』も『妖怪』のおもちゃもあっという間に「過去」ってことに決めつけて、勝手に投げ捨ててしまうのです。
そんな私のイライラに反して『妖怪ウォッチ』アニメの楽曲は毎回非常に打率が高く、私の心にしょっちゅうクリーンヒットします。この曲は、ニコニコ動画で人気だったプロデューサーが熱心にピンクレディーへオファーして実現した曲とのこと。若い音楽家がピンクレディーの歌声に惚れ、時を経て自分の曲を歌ってもらう夢がかなう。素晴らしいですね。過去映像や過去曲にYoutubeでふれやすくなった世界の恩恵です。
まず、ドラゴンボールのタイアップ曲として完璧。
第二に、歌が上手すぎる。
第三に――これがもっとも重要なことだが――この曲のタイミングで、彼は衣装や演出を意図的に変化させ、長い間封印していた側面を全面に押し出してきた。楽曲の方向性と、本人の自意識の変化のタイミングが奇跡的にぴったり合った。必然とも思えるような奇跡のタイミングである。彼が彼らしく生きている姿は本当に素晴らしい。まさに限界を突破したサバイバーである。私も元気が出る。「私もまだ変われる、頑張りたい」と素直に思う。「おばあちゃんたちのアイドルをやりきっているプロの演歌歌手」という認識だった氷川きよしさんが、私という個人にとって「励まされる存在」に変化した。全王様もオッタマゲ~である。私も己の限界を突破してサバイブしたい。
(2020/8/12)
(後編へ続く)
2020年4月・5月、みんなが本当にStayHomeしてくれたから、感染拡大が落ち着いてきたときの私
「無償の愛なの 抱きしめるわ」
↓
2020年7月、Go To Travelキャンペーンがこれだけの反対にあいながらも本当に強行されることに気付いたときの私
「無償の愛はとうに品切れ あいにく そんな余裕はないの」
Juice=Juiceの皆さんが6年掛けてたどり着いた境地に、たった3ヶ月で到達してしまったな……。(2020/07/22 Go To Travelキャンペーン開始)
今の私には休日に行く場所がない。ハロプロの現場も同人誌即売会もヒーローショーもなくなってしまった。
2020年6月下旬某日、中野ブロードウェイに行った。3ケ月ぶりくらいだろうか。外国人観光客のいない中野ブロードウェイは閑散としていた。様々なおもちゃが細かく並んで陳列され、購入されていくのをひたすら待っている。私はソーシャルディスタンスを保ちながらいつもと同じ順番でいつもの店を渡り、狭い店内をくねくねと棚に体が当たらないように練り歩き、きらきらとしたショーウィンドウやレンタルボックスを眺めながら、思った。
私には今、欲しいものがない。何もない。
私がいま欲しいものってなんだろう。
私が欲しいものって、いったい何だったんだろう。
私がいま欲しいもの。
安全と健康。
平和。
気兼ねなく使い捨てることができる十分な量の個人防護具。
簡便に受診できる地域ごとの発熱外来。
CDC。国単位のものが無理なら、「東京CDC」と呼べる組織。
どれも中野ブロードウェイには売ってない。売っていないのだ。
結局私は子ども達が欲しがっていた「どうぶつの森」の住人amiboカードのみを購入し、ぼう然としながら帰路についた。
自身の属性が他者に感謝されている文言をこの眼で初めて見た。
(2020/06/23)
アップフロントグループ テレワーク合唱「愛は勝つ」「泣いていいよ」「負けないで」 (2020/05/04)
2020/05/25 東京都の緊急事態宣言が終了した。
そして私はその日にようやくこの動画を再生することができた。動画が投稿されてから21日後のことだった。
つんく♂さんの「私達は、最後に必ず勝つことができます」という言葉、相変わらず羽の生えた姿でグランドピアノを弾くKANさん、『愛は勝つ』冒頭の「心配ないからね」というフレーズ。たったそれだけで私の目はボロボロと涙を流していた。制作者の狙い通りである。しかも『愛は勝つ』を聴いてびーびー泣いていたら、そのあとすげえかわいいふくちゃんとたけちゃんに励まされたうえに史上最高に美しい顔の朋子に『泣いていいよ』って言われたから二度びっくりした。確かに私は泣いていた。泣いていいのか。そうか。ありがとう、じゃあ遠慮なく泣くよ。そう言ってくれてありがとう。
(1周目感想)
・みんなの自宅と部屋着と薄化粧がかわいい(アイドルファンになりたての小学生のような感想)
・Stay Home してくれてありがとう、かわいい子たち。
・暗闇で突然の後ろ回り受け身からのカーテンダンスしている女子が最高なんだがいったい誰?あゆみん?
・タコちゃんの謎の折り紙は一体何を表現しているのだろう?「タコちゃんそれなに?なに?なにそれ?ギャハハ!!」って大爆笑してしまった。このような謎の行動がなんの脈絡もなく突然メンバーの独断でぶちこまれることは、私がハロプロを最高だ!と感じる瞬間の一つです。
・矢口の歌声が久しぶりに聴けて嬉しい
・よっすぃがいない……(当たり前)
・真野ちゃんが元気そうでほっとした。スペイン大丈夫かな?
・久しぶりに見るOGも多くて嬉しい。みんなかわいい。みんな大好き。
・つんく♂さんに「私達は、最後に必ず勝つことができます」って言ってもらえると心が強くなる。
(2周目の感想)
・『泣いていいよ』って今こんな歌割なのか……。
・動画コメントに「私の職業は〇〇なのですが、私の職業が初めて言及され、感謝されていてて嬉しかったです」というものが多く、私ははっとした。私は真っ先に――それこそこの動画でも一番最初に――言及されている職業なわけであるが、それでも「欧米に比べたら医療従事者は全然感謝なんかされていない!差別ばっかり受けているよ!」とこの2ヶ月ずっと感じていた。私は視野が狭かった。自分の視野の狭さに私はこの動画のコメントで初めて気がついた。余裕がないときって、どうしても自己中心的になってしまうものなんだな。
(関連動画から飛んだ東日本大震災のときの『愛は勝つ』を見て)
・よっすぃがいる……リカちゃんの隣でニコニコしてる……ああああぁぁぁぁ……。
・つんく♂さんが歌っている……あぁ……。
・当時はこれだけの大人数がスタジオに集まって歌えていたんだね。そんなの当たり前のことだと思っていたけれど、当たり前じゃなかった。(2020/05/29 )
まずは、キラメイレッドこと小宮璃央くんが自らの感染を公表した勇気と決意を、私は高く評価します。
彼が感染したことを謝る必要は「まったく」「どこにも」ありません。どこからうつったのだとしても、あなたは我々と同じ、普通の生活をしていただけです。悪いのはウィルスです。ここを絶対に間違ってはいけません。患者さんが謝罪する必要など、まったくない。一切ない。周囲も彼を謝らせてはいけません。今後感染する罪のない子どもたちが罪悪感をもってしまいます。
なぜなら、日本は2020年3月末現在、「全員の検査」を方針としていないからです。それはひとえに「検査数を増やすだけのキャパシティが日本という国の中に『ない』」からです。言い訳はしません。ないんです。病院にも、保健所などの検査期間にも、圧倒的に人数が足りていません。武漢で感染が爆発してから3ヶ月たちましたが、発熱外来もいまだにありません(病院が独自に設置している例はありますが、地域の発熱患者を集約できる大規模なものはありません)。コロナウィルス検査専用の大規模な社会的システムも、まだありません。これは明らかに対応として遅いですが、これらを準備する時間を稼ぐために、検査の条件をつけて医療現場の疲弊を防いでいる側面があったと私は思っています。
つまり、現状では全例を拾うつもりはありません。どこかでたまたまウィルスを拾って、「街中で突然感染者として見つかる」ケースを国も医者も許容しています。それは避けられないリスクとして想定されているのです。たまたま行った駅のトイレ、たまたま行った店のレジ、たまたま乗ったエレベーターのボタン、たまたまさわった電車の吊り革、それからの感染リスクをゼロにできる段階はもう過ぎました。市中で感染する人がいることはもう「織り込み済」です。もう誰でも感染する環境なのです。小宮君はたまたまくじ引きに当たっただけです。だからこそ、少しでもリスクを減らすために外出の機会を減らし、集団で集まって食事したり歌ったり運動したりすることをやめ、鼻や目や口を触らず、こまめな手洗いをすること。それらが推奨されているのです。(もちろん検査「可能」件数はこれからどんどん増やしていかなくてはならないでしょう。増えるんですよね?ここまで現場が時間稼ぎしたんだから検査「可能」件数は増やしていなかったら許しませんよ?)
それはそれとして「なるべく流行の伝播をゆっくりにする」必要は、いまだにあります。それは誰も抗体を持っていない病気だからです。急に感染が拡大すると、その地域の医療機関が麻痺します。「流行の伝播をなるべくゆっくりにする」そのためだけに、クラスター対策班の皆さんは日夜頑張っています。頭が下がります。もう街中のどこで感染してもおかしくないし、自分が感染者でもおかしくない。それも事実。それはそれとして、感染が発見された人からなんとかしてクラスターを見つけ出す必要があるのも、事実です。2つとも必要であり、並行して行われる仕事です。クラスター対策班の仕事を助けるために、彼がどこから感染したか、そしてどこへ伝播しそうか、その調査は(保健所にとって)不可欠です。役者さんも東映の皆さんも是非協力してほしい。絶対に隠蔽などしないでほしい。正直に、包み隠さず話してほしい。それが不幸な感染の連鎖を減らす最もいい方法です。でも、その情報を私達に知らせる必要はありません。保健所の皆さんだけが知っていればいいことです。一般に公開する必要はありません。
感染症は隠せば隠すほど広がります。だから小宮くんとおそらくその御両親(17歳の少年なんですから同意があったはず)と関係者の皆さんが情報を公開した姿勢に、私は最大限の敬意を払いたいのです。日本には穢れの思想があり、病気や病気を連想させる事象を忌み嫌う風習があります。コロナウィルスが流行してから、医療従事者とその家族が科学的根拠のない差別を受けた事例は枚挙に暇がありません。きっとコロナウイルス感染者とそのご家族も、周囲からいわれのない差別や風評被害を受けてしまうのでしょう。それでも、感染を公表した勇気を私は買いたい。その一点だけをもってしても、あなたは私にとってヒーローです。
絶対にやめてほしいのは、放送をやめてしまうこと、そして彼を降板させることです。それだけは本当に絶対にやめてください。番組に穴が開くというのなら、再放送でもいいし劇場版の放送でも構いません。なんとか引き伸ばして、絶対にこのままのキャストでキラメイジャーを続けてほしい。いくら中断があっても構いません。なんなら先日の劇場版リュパパト&キラメイをテレビで放送してくれないかな?テレビで髪が伸びた初美花ちゃんが見たいんだけどな!?うふふ♪(完全な私情)キラやばなラストダンスもつけてね!いくらでも手はあるのだから、小宮くんはまず元気に復帰すること。全国で君を心配しているちびっ子たちに、コロナウィルスに打ち勝った姿勢を強く見せてほしい。
いま、子どもたちは言いしれぬ不安に包まれています。明らかに世の中の様子が変わったことに、4歳の子どもでも気付いています。首都圏で続く土日の自宅待機は、子どもたちにとって無限に続く廊下のように長く感じることでしょう。永遠に続く地獄です。毎週遊びに行っていた遊び場のどこにも行けません。ショッピングモールも行けない、ディズニーランドも行けない、ヒーローショーも行けない、おじいちゃんおばあちゃんの家にも行けない、いつもの友達にも会えない、児童館は閉まってる、図書館さえ閉まってる、公園をそそくさと散歩するだけ。いったい何が起こっているのか、小さい彼らにわかるはずもありません。でも、お父さんとお母さんはずっと何かについて難しい顔で話している。ちなみに小学生長男はもう様々なことがわかっているので、私がネットサーフィンしていると(COVID-19の毎日あがる論文を眺める必要がある)「ジュール、大丈夫かなあ?」って聞いてきます。一日一回必ず。私はざっと検索し、悪いニュースがないことを確認してから「大丈夫だよ」と答えています。
家から出られない長い長い土日のど真ん中、日曜の朝に、ヒーローたちが来てくれる。プリキュアが来る、仮面ライダーが来る、戦隊ヒーローが来る。強くてかっこよくて優しいヒーローとヒロインの映像を届けてくれる。このルーティンに私と私の家族がどれだけ救われているか。どれだけの子どもたちが夢中になり、どれだけの親が息を抜いてホッとするか、わかりません。彼らは間違いなく子どもたちにとって、そして親である私達にとって最高のヒーローなのです。
「コロナウィルス」という単語を、4歳児ももう覚えてしまいました。半年前までは、医者である私でさえ「冬に流行る風邪のウィルスの一つ。ごくたまに変異してSARSやMERSになる」程度の認識だった微生物の名を、いまや世界中の誰もが知っています。「〇〇に行きたい」と彼が言い、「そうだね、でも今は行けないんだ」と私が答えると、彼は「コロナウィルスのせい?」と答えるようになってしまいました。そう教えた覚えはないのに。
「みんなのヒーロー・キラメイレッドがコロナにかかったけど、元気に帰ってきた!コロナウィルスをやっつけたんだ!」……それだけで、どれだけの数の子供たちが救われ、勇気づけられるか。こんなにわかりやすい「勝利」の描写ってないでしょう。子どもたちの感じている生命の根源的不安が、シンプルに晴れる。きれいに解消する。それだけのパワーがある。
私の子供は、4歳児のほぼ全てがそうであるように、手を洗うことがあまり好きではありませんした。特に石けんを使うのが嫌いでした。彼なりに色々と理由はあるのでしょう。「水が冷たくていやだ」「おうちに帰ったらすぐにだらだらしたいし、遊びたい」「以前は水だけで手を洗えばよかったじゃないか、どうして急に石けんを使わなくちゃいけないんだ?おかしいだろ」などなど。気持ちはよくわかります。どうしてここ1ヶ月で急に液体石けんで厳重に手を洗わなくちゃいけなくなったのか、意味がわからないでしょう。当たり前です。でも、もう何が何でも、外から帰ってきたら!すぐに!石けんで手を洗わなくてはいけないのです。そこに理屈はありません。とにかく、すぐにやらないとダメなのです。
彼を説得するのは苦労しました。本当は、家の中でなにかモノにさわる前に、洗面所に引きずってでも連れていき、無理矢理にでも腕をつかんで手を洗わせたい。医学的にはそれが圧倒的に正しい。長い目で見れば彼を守ることになる。でも、それじゃダメなのです。無理矢理ではダメなのです。最初に力ずくでやらせると、次はそれがトラウマになってさらに嫌がるようになります。ますます手洗いを嫌いになり、将来的には必ず失敗します。なんとしても、「嫌い」にならずに、手を洗わせないといけない。でもすでに一刻の猶予もない。一回だって手洗いはサボれない。彼はもう泣き出しそうです。そこで私の口からとっさに出たセリフはこれでした。
「キラメイジャーも、ゼロワンも、手を洗おうって言ってたでしょ!」
彼ははっとして、泣き止み、手を洗い始めました。それから、手洗いに苦労したことはありません。
いいですかキラメイレッドくん。
君は、母である私よりも、医者である私よりも、最も科学的に有効な方法で、私の息子の健康を守ってくれています。
これは、あなたにしかできないことです。
キラメイレッドに選ばれたあなただけが持つ力なのです。
あなたは、全国の未就学児童の健康を、誰よりも医学的に正しい方法で守っています。
それがあなたたち、ヒーローの持っている特別な力です。
次は、あなたが、あなたたちが、番組関係者すべてが、コロナウイルスという敵に打ち勝って元気に帰ってくる姿を、子どもたちに見せなければなりません。
見せてください。あなたたちならできるはずです。
※「手を洗おう」啓発動画、一回しか流してくれなかったけど、できれば毎週流してほしい
私の子供は、4歳児のほぼ全てがそうであるように、マスクを付けることが好きではありません。あのWHOとCDCが4月2日に「無症状者もマスクすることがCOVID-19感染の拡大抑制に一定の効果がある」と方針変更しました。驚くべきことであり、歴史的な変節です。今後は日常生活において「入場時マスク必須」「マスクがないと、入ることすらできない場所」が増えていくと予想されます。私は、これから4歳児にマスク着用を教えていかなくてはいけない。これはきっと難渋します。
持っててよかった、駐車場代を無料にするためにたまたま買ったマスク。子供が嫌がりそうなことは、大好きなキャラクターを利用して導入する。これ育児の頻用テクニックです。「キラメイレッドはコロナに勝ったんだから!大丈夫!これで君もコロナに負けない!」って言いながら慣らしていく予定なので、キラメイジャー諸君は元気な姿を私たちに見せてくださいね。待ってますよ。(2020/4/1)
こんなご時世ですが、商業の新刊が2020/03/27に発売となりました。
『ねじ子が精神疾患に出会ったときに考えていることをまとめてみた』
よろしくお願いいたします。
流行に合わせたサイケデリックな書籍デザインを、照林社編集部の皆さんと、ハロヲタ仲間のデザイナーさんが可愛く仕上げてくださっています。
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今回のテーマは「精神」です。
「おや。この人、言動や行動が少しおかしい?精神疾患かも?」と感じる患者さんが現れたとき、医者が頭の中でどう考え、どう診断し、どう行動していくのか。その過程についてイラストと文章で書きました。「手」の技というよりも「脳」の技と言ったほうがいいかもしれません。
いつものシリーズと同様に、この本も「何も知らない研修医が当直させられた、または外来させられたときになんとか対応できる知識」を目指しています。ナースさんなら「1年目ナースが外来や当直で突然遭遇した不測の事態にも、なんとか対応できる程度の知識」が目標です。
「医学」という学問自体の初心者・初学者に向けた内容ですから、精神医学や臨床心理学の専門家を目指す人にとっては内容が薄いと感じられることでしょう。「当直をのりきる」以上のことをしたい方は、この本を読んだ後にぜひ専門書にあたり、各疾患の知識をもっと掘り下げていってください。「自分や家族のかかってる病気について詳しく知りたい!」という一般の患者さんや御家族には、講談社の『健康ライブラリーイラスト版』をおすすめします。
精神科の看板をまったく掲げていない場所でも、「この人はどう考えても精神疾患だ……」と感じる患者さんは日々我々医療者の前に現れます。そんなとき、本書の知識が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。(2020/03/28)
※この本は 同人誌『平成医療手技図譜 精神編』と『心療内科編』を合冊して加筆修正した内容になります。