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2018年ハロプロ楽曲ランキング 私がどんなに傷ついてもハロプロは進む

ハロー!プロジェクトは「ハロメン」と「事務所」と「ハロヲタ」の三位一体によって作られている。突然だが私はずっとそう考えている。ちなみにつんく♂とまことはこの場合「ハロメン」にあたる。

「ハロメン」はたくさんいる。新しい子も次々入ってくる。でも、残念ながら、2018年は私が好きなハロメンが次々卒業を決めた。そういう時期なのだろう。

「事務所」についてはもうあえて何も言うまい。いろいろ事情もあるのだろうし頑張っているとは思うが、少なくとも今年は現状維持目的の活動が目立って新しいアイディアに乏しかった。つまり今年のハロプロは「ハロメン」と「事務所」に新要素が少なく、私はあまり楽しめなかった。

「ハロメン」と「事務所」が低調なとき、見ていて一番面白いのは3番目の要素「ハロヲタ」である。つまり客席が一番面白い。完全に本末転倒だけれど、「ステージよりも客席が面白い」という状況はハロプロにおいてしばしば発生する。

伝説の名曲『ロマンチック浮かれモード』など新しいヲタ芸を次々と生み出した時期もそうだった。そもそもヲタ芸は黄金期を終えたモーニング娘。の人気が急落し、大きい会場にもかかわらず後方席がガラガラでどうしようもないコンサートにおいて自然発生した鑑賞方法である。ステージが豆粒にしか見えない後方席が来ちゃった、どうしよう、周囲はガラガラで盛り上がりに欠け正直つまんない……という状況において、それでもコンサートを楽しむために作り出された応援方法なのだ。どうせステージは見えないから前方を見ない動きがたくさん入る(完全に横や後ろを向いたり、ぐるぐる回ったり)。周りに客がいないから振りが極端に大きい。手足も大きく動かす。ヲタ芸とはもともと、ステージが見えず音しか聞こえないガラガラの環境で楽しむためのいわば「ヤケクソの祭り」だったのだ。

だからモーニング娘。の人気が落ち着いて、来客数に見合った広さの会場でコンサートをするようになった(つまり狭い箱でライブをするようになった)ハロプロからヲタ芸は消えていった。そりゃそうだ、ステージが見えるならステージを見るに決まっている。あんなに動かれると隣の客に迷惑だし。ヲタ芸はハロプロから飛び出してアイドル声優や地下アイドル界隈へと流れていき、Youtubeやニコニコ動画に受け継がれ文化として花開いた。

青空期~プラチナ期の2003~2007年頃にハロプロの現場で成熟したオタク文化もそうであった。「推し」という概念や「推しメン」という言葉・誰でも大好き(DD)・箱推し・現場推し・サイリウム祭り・生誕祭・現場でのコール・振りコピ・踊ってみた・リリースイベント・握手会・チェキ2ショット撮影・そのためのCD大量購入・はがし・手のひら確認・カラーTシャツ・人気投票・年間楽曲大賞・匿名掲示板での活発な議論など、当時のハロプロの現場で成熟した文化は、その濃いファンたちが他の地下アイドルやAKBに流れていったことにより、まるでAKBグループにおいて生まれた文化であるかのように喧伝され世間で消費された。

それでも私たちハロヲタはどんな時期でも、自分たちがおたく文化の作り手の一部を担ってると過度に自負していた。握手会でアイドルを襲撃するAKBオタクが発生した年に、モーニング娘。のコンサートではなぜかアンコール中の誰もいない舞台に上がってピアニカを披露するオタクが爆誕した。アイドルが誰もいないステージに登って、ハロヲタの皆さんに自分の演奏を披露したい。これは確かに私たちハロヲタの一つの夢である。大きなコンサート会場では、終演後いつも場外で自作の紙芝居を披露しているオタクさんがいる。私もつい足を止めてしまう。「結局道重」というTシャツを着てブレイクしているロックバンドもいる。どれもこれもハロヲタらしいエピソードだ。ハロヲタの応援方法はいつも独自で特殊で、私はそれを見るのがとても好きだ。そして2018年、ハロヲタはTwitterでの宣伝力と現場の即興コールでDA PUMP再ブレイクのきっかけを作った。

たとえハロプロに面白みを感じられないときであっても、ハロヲタはいつだって優しくあたたかく変わらぬ姿でコンサート会場にあり続けている。中の一人一人は入れ替わっているはずなのに、なぜか寸分も変わらずそこにある。みんなを見てると心が躍る。重低音の聴いた地響きのようなコールを聴くと、私も元気が出る。私はいつもファミリー席で一人静かにペンライトを握っているただの暗い女オタクだけど、みんなのことを勝手に20年来の友人だと思っている。たとえ去年モーニング娘。が好きになったばかりの人でも、10代でも、ハロヲタであれば全員わたしの20年来の親友だ。私はずっとみんなに励まされている。

素知らぬ顔をしていたけど、ルパンレンジャーのGロッソにもきちんとハロヲタは来ていた。工藤に迷惑をかけないように、「ハロヲタのマナーが悪い」って言われないように、まるで大人の特撮オタクや母親や父親であるかのような顔をして、きちんと現場に来ていた。工藤の顔が映っているグッズを東京宝島で買い漁っている仲間をたくさん見た。私には同族がわかるのだ、だって私もそうだから。私達は名前も知らず顔も知らず、ただ現場やSNS空間で時折すれ違うだけの間柄だけど、魂の底でつながっている。

2018年の私はハロヲタとして散々であった。過去に10年間推していた吉澤ひとみちゃんが逮捕された。ハロプロの未来を今後10年間支えると確信していた梁川奈々美ちゃんが引退を決めた。大好きだった『HUNTER×HUNTER』には自分があまり得意ではないアイドルのネタばかり散見されるようになり、とても読みにくくなってしまった。

私のおたく心は負傷し、回復にしばらく時間がかかる。それでも他のハロヲタが、他のメンバーを推しているみんなが、ハロプロを支えてくれている。私がプラチナ期のモーニング娘。とベリキューを支えている間になんとか鞘師が来て、9期10期も入って、たくさんのドルヲタがハロプロに戻ってきたように、私も次の素敵な女の子がハロプロに入ってくるまで過去の名曲でも聴きながらゆっくり傷を癒やそうと思う。

1位  もう 我慢できないわ ~Love ice cream~ / モーニング娘。’17 (尾形春水、羽賀朱音、加賀楓、横山玲奈)

つんく♂の中にいる14歳少女に逢うために私はハロプロの曲を聴いている、そう改めて実感させてくれる一曲。つんく♀ちゃんかわいいいい!!会いたかったよ!!ずっとずっと君に会いたかった!!!

冷静に戻って分析すると、私はつんく♂の「性に目覚める前の女子」と「性に目覚め始めたばかりの女子」と「好きな人とセックスをする決意をした女子」の歌が好きなのである。その方向で一番大好きなのは『夢見る15歳』。次に好きなのは『愛しく苦しいこの夜に』。残念な方向で大好きなのは『大人の途中』。この観点において『もう 我慢できないわ ~Love ice cream~』は一粒で二度楽しめる貴重な良曲だ。

シンプルに歌詞を読めば、アイスクリームに偏狂する変わった女子のお話である。ただの食欲旺盛な女子だ。でも、性行為やオーガズムを知ったあとの女にとって、この歌の「アイスクリーム」は彼氏やセックスの暗喩になる。ふと気がつくと頭の中アイツのことでいっぱいになるんでしょ。暑い日は当然、寒い日も震えながらほしいんでしょ。寝る前も求めちゃうし寝起きからのガツンでしょ。普段は忘れているのにふとした瞬間に思い出したら、他のすべてが手につかないんでしょ。えっちだなぁ。直接的すぎてこちらが照れるほどだ。無邪気な少女時代には、この曲のタイトルはただのアイスクリーム・ラブなんだけど、恋を知ったあとはアイ・スクリーム・ラブになる。愛を叫んでいるんだよね。完璧なダブル・ミーニングだ。つんく♀ちゃんすげぇよ!

モーニング娘。に加入したばかりのまだ擦れていない新人女子を選んでこの曲を歌わせている点も素晴らしい。彼女らは前者の感覚、つまり「ただの食品の歌」と思ってこの曲を歌う。後者の意味に気が付く年齢の女子には決してこの曲をあてがわない。これがまた、たまらなく味わい深い。終盤の「初めからないならば諦めもつくけれど、知ったからはもうやめられない!」という歌詞には、歌い手がもう一つの意味を「知った」あとに、振り返って赤面することができる二重構造が仕込まれている。「そういうことだったのか!騙されたよ!何を考えているんだつんく♂さん!いや、確かに、知ったからにはもう元には戻れないな……」と思う瞬間が、彼女たちの人生にも必ず来る。素晴らしい。はーちんとあかねちんとカエディとよこやんは、この暗喩にいつ気付くのかな?もちろん気付かなくてもいいし、実は最初から気付いていてもいいよ。

はーちんがいる間にこの曲を生で聞くことができなかったことが私の2018年オタク活動最大の心残りである。この曲を聴くために私は武道館のはーちん卒業公演に行ったのに、セットリストに入ってなかった。はーちんの名台詞「この感動を共有したい」が聴ける『Oh my wish!』もなかった。なんでだよ!卒業コンサートだというのに、はーちんを活躍させるつもりがないでしょ!?嫌になっちゃうよ!そんなセットリスト組むようだから、はーちんという逸材に逃げられるんだよ!はーちんは最も道重さゆみに近い存在だったのに!(5位につづく)

2位  眼鏡の男の子 / BEYOOOOONDS

最高。こんなにトンチキな曲なのに、終始笑いをこらえながら見ていたのに、最後まで見たら突如、自らの青春の記憶ともう二度と戻ることのできない失われた時間がよみがえってきて私は泣いていた。不覚。星部ショウさんの現時点での最高傑作だと思う。聞くところによると、この曲は星部さんが一番最初に事務所に持ち込んだ作品らしい。マジかよ。これが星部さんの本当にやりたい事なんだよな…。すげえな。一番の自信作がこれってことでしょ。めずらしい感性の持ち主だ。間奏のバックに流れてるつぶやき「megane…niau… megane…suteki…」も好き。いい意味で頭がおかしい。一体何を考えてるんだ。

無駄に高い技術力(彼女らはおそらく生歌をテレビで披露するのも人生初のはず)、演劇仕立てのダンスと歌詞と奇妙な衣装(麻雀牌柄の洋服なんて初めて見たよ)、小芝居の始まりと終わり風のイントロとアウトロ、そのくせ丁寧に描かれる思春期の都会の少女達の日常風景描写。これらすべてが見事に融合して、笑えるけど泣ける群像劇ができあがっている。

BEYOOOOOOOOOOOOOOOONDSの「小劇団をテーマにしたアイドル」というコンセプトを最初に聞いた時は「もー、事務所ってばまた変なことを言いだしたよ!いつまで変化球を投げるつもりなの?ハロプロでは普通に歌って踊える可愛いアイドルグループを絶対に作りたくないの!?」と大いに失望したのだけれど、この曲を聴いて評価が180°変わった。こんな曲があってこの曲でデビューするなら、小劇団アイドルは大正解だ。必要以上に芸達者な子役である桃々姫(女弁士役)と、地方アイドル上がりのくるみとみぃみと、電車好きのハロプロ研修生と、どこからか突然現れたお嬢様高校生・島倉りかと、圧倒的センターオーラのゆはねちんを同時に使うには、むしろこのくらいどぎついパッケージじゃないとダメだったんだろう。

ところがこの曲の続編である『文化祭実行委員長の恋』になると、私はとたんに恥ずかしい。共感性羞恥を発動して聴いていられなくなってしまう。なぜだ?「文化祭実行委員長が地味な男子に無理やり女装させる」「そこで彼のかっこよさに気付く」「彼女になる」という展開が、まるで現実味がない絵空事に見えるからか?もともと可愛い女の子の前田こころちゃんを男子役にした上で女装させるというねじれた行為に残酷さを感じてしまうからか?(普通に直球で可愛い女の子をやらせてあげなくていいの?)それともサビのパンチライン「彼は美人な男の子」が、古くより耽美小説やBL漫画で常用されている「使い古された文言」だからか?とにかく恥ずかしい。見ていられない。この違いは一体何なんだろうね。

3位  今夜だけ浮かれたかった / つばきファクトリー

児玉雨子さん珠玉の作詞。先ほどは「つんく♀が作る、好きな人とセックスする決意をした女子の歌が好き」と書いたけど、この曲はまさに好きな人とセックスをする決意をした女子の歌である。「ねえ わたし ほんとうを言うとこのまま帰るの いや、いや」「今夜だけ浮かれたかった 真面目心がじゃまをした」「口を滑らすはずだった」「誰にでも話せるような 思い出作りはしたくない」あたり、勇気を出して誘いたいけど誘いきれない思春期の少女の迷える心情がきれいに描写されている。雨子最高。歌詞から夏の夜風と火薬の匂いがするよ!

この曲の真骨頂はCメロの「浴衣を着なかった理由 まぶたをさす髪の毛 どしたら輝けるの 泣きたいわ」である。メンバー全員が浴衣を着たMVにもかかわらず、この曲の主人公は浴衣を着てないんだよ!最後まで聴くとそれが判明するんだよ!「浴衣を着なかった理由」それはもちろん、途中で脱ぐつもりだったんだよ!意中の相手とどこかの屋内で、裸になるつもりだったんだよ!自分で着られる服にしたんだよ!

でも、できなかったんだよね。少しの勇気を出すことができず、浮かれることもできず、彼女は玉砕する。グループで花火を見に行って精一杯頑張ったのに、決定的な一言を言えなかったんだよね。駅のロータリーで解散するんだよね。「なんでもないよ さようなら」と言って電車に乗るんだよね。帰り道、星空を見ながら「今夜だけわがまま言えば 星空を見なくてすんだ」と回想してるんだよね。うわー!最高の描写!甘酸っぱい!ほんの少し勇気を出して誘い文句を言うはずだったのに、言えなかったんだよね~!わかる!わかるよ!私も小野田さおりんに片思いされる少年になりたい!または、そんなさおりんの横顔を心配そうに見つめる女友達になりたいよ!

4位  素直に甘えて / Juice=Juice

Juice=Juice 2ndアルバムの一曲。朋子の声とボサノヴァサウンドが最高にマッチしている。かなともの歌声が好きだからこの曲が好き。自分でも属人的な選曲だと思う。この曲はかなとものための曲だよね。アルバム曲と言うこともあって、Juice=Juice不動のセンターである佳林ちゃんの出番は少ないけど、この曲の大人の女性の誘惑描写は佳林ちゃんには合わないので、これでいいと思う。

段原瑠々の「今時なフリだけは一丁前」、かなともの間奏あけの「男のくせにおしゃべりが過ぎるわ 愛してみたいのなら本音を晒して」(※とても好きなパートだけど、あまりにジェンダーバイアスの強い歌詞でどうかと思う)、稲場まなかんの終始クネクネした動き、すべてが大人。幼い少年を誘惑する大人の女性を演出している。そして最後の最後に、最年少の梁川奈々美ちゃんによる「覚えて~cherry~♪」。ここで我々ハロヲタは盛大にずっこける。まさにハロプロ。このミスマッチこそハロプロの真骨頂である。やなみんはきっとcherryの意味を「さくらんぼ」しか知らないはずだ。それがいい。「さくらんぼだと思ってるなー」って歌い方しかできないやなみんが、cherryの意味を完全に把握した大人の女性になったのちに、またこの曲を歌う。歌い方もきっと変わる。その時が来るまで10年間、この曲とやなみんの成長を見守るのがハロプロの醍醐味だ。それなのに!やなみんは卒業してしまう。いやだ!そんなのいやだよ!

やなみんがいなくなってしまうことを私はまだ信じ切れていない。卒業するコンサートの箱がとても小さいことも悲しい。絶対に入れないじゃん、誰だよ会場決めたやつ。もっと大きいところでやれよ。武道館でやれよ。ひなフェスでやれよ。できたはずだよ。

他の人のことは知らない。少なくとも「私にとって」2016年に行われた新体制は失策であった。私が好きだったグループはどんどん形を変え、好きだったメンバーはどんどんアイドルに見切りをつけて辞めていく。それでもこの計画を主導した人たちは決して責任をとらない。決して失敗とは認めないし、計画の変更もしないし、損切りもしない。損切りをさせられているのは人生をかけている若い女子たちである。カントリーがあんなことになっていなければ、やなみんはまだ辞めなくてすんだはずだ。

そもそも現在のハロプロは誰が責任者なのかさっぱりわからない。作品をプロデュースするにあたり顔も名前も出さないでいいんだから、責任なんて取れるわけがないし取る必要もない。そりゃそうだ。でも、それって、芸術作品と言えるのかな?作品を作るという行為は、その作品が生み出す良い影響も悪い影響もすべて自分の名の下に責任を取る覚悟があるからこそ、許されるのだ。コミケや同人誌やpixivでさえ、奥付に作者名のない作品など許されない。

首謀者の顔も名前もわからないまま、ハロプロはきっと今後も続いていく。どんな失策をしても何のダメージもなく、のうのうと同じ場所に同じ首謀者たちが座り続けるのだろう。それは何より私の心を萎えさせる。つんく♂の「責任者がないならば組織である意味がない」という歌詞はシンプルに今のハロプロを指していると私は思う。SNSでは日大ラグビー部のタックル問題を予言しているといわれていたけど。

4位   自由な国だから / モーニング娘。’18

決して好きなメロディではない。制服の衣装も好きじゃない。でも、私のための歌詞だから。「この曲は私のためにある!この歌詞は私のために書かれた!」と感じる瞬間が今まで何度もあった。2018年ハロプロ歌詞だけランキングでは堂々1位である。

この曲はとにかくサビだ。「自由な国だから 私が選ぶよ」このワンフレーズだけが私の脳内で何度も反復される。特に去年の夏はそれが顕著で、医学部受験の女性差別のニュースを見るたびに、そのニュースを受けて自分の身を守るためのポジショントークしかできない現役医師たちを見るたびに、外野から物知り顔で意見を述べているつもりで実はただ自分の中の差別意識を露呈している状態の人を見るたびに、この曲のサビが何度も脳内で再生された。

つんく♂さんは「自由な国だから 私が選ぶよ」って言ってくれるけど、この国は自由な国じゃなかった。私たちは、ちっとも選んでなんかいなかった。私が自分で選んでいるかのように、とりつくろわれているだけだった。

私は医者になることを自分で選んだ。そのつもりだった。でも、そうじゃなかった。自分で選んでいる「つもりに」させられているだけだった。私たちはだまされていた。男も女も現役生も多浪生も、医学部受験生はみんなだまされていた。公開されていない条件で競わされていたんだから、受験生はみんなだまされていたのだ。

「自由な国だから」を聴くたびに、私は強い悲しみにとらわれているだろう当事者の女子を思って泣いてしまう。今も「自由な国だから」を聴くと涙腺が緩む。「つんくさんはそう言ってくれるけど、日本はちっとも自由な国じゃなかった!選ばせてもらえなかった女の子たちがたくさん、たくさんいるんだ!私の後輩になって、私の仕事を楽にしてくれるはずだった女の子たちだよ!」と叫んでしまう。

自分で選んだわけでもない「性別」のみによって明確に差別されたこと。いくら努力をしてもすべてを無にされること。そのくらいの圧倒的な差別を受けること。その差別を平然と、悪びれもなく、正当化する人たちがかなりの数でいること。そんな人たちが複数の大学の医学部の上層部に居座っていること。すべてが苦しくて、すべてが悲しい。

「あの時のセリフとニュアンス全然違うね 恥ずかしくないのが不思議だよ」という歌詞も、差別発覚後の医大側の対応に寄り添う歌詞だった。順天堂大学が出してきた、面接での男女差別を「(男子と比べ)女子のコミュニケーション能力が高いから」としたいいわけ、それを保証する根拠として米国の論文を出してきたのを見たとき、私は笑ってしまった。まさに「恥ずかしくないのが不思議だよ」。それ以外の感想を持てない。そんないいわけして恥ずかしくないのが本当に不思議だよ。

(もちろん論文の作者であるアメリカの学者・米国のテキサス大のローレンス・コーン教授は反論している。自分の論文を差別の根拠に使われてはたまったもんじゃない。当たり前だ。そんなことをされたら学者生命の危機だ。優生学の発展に寄与したナチス・ドイツの学者と同じ道を歩みたい学者など、どこにもいないのだ。)

私の後輩女医になるはずだった賢い女子学生達を苦しめることは絶対に許さない。少なくとも社会学的には「2018年当時の日本には明確な女性差別があった」例として、この事件は永久に教科書に載ることが決定している。その点では東京医科大学と順天堂大学と北里大学と聖マリアンナ医科大学(反論中)は歴史に名を残した。決して医学的業績ではないけれど。

ニュースを見るたびに私は怒りでどうにかなりそうだった。あまりに心が傷付き、目に入る何もかもを暴力的な言論でねじ伏せてやろうか、という衝動が沸くほどであった。私たちが「1928年のイギリスでは女性一人で図書館に入ろうとすると断られた」というヴァージニア・ウルフの文言を見て「うわー、当時のヨーロッパは野蛮な差別社会だったんだね……」と冷笑さえ浮かべるように、「2018年の日本では女性が医学部入試で減点されていた」という事実は、未来人にとって、2018年現在の日本があまりに野蛮で差別的な失笑ものの時代であることの証左となる。これはもう決定事項だ。だから私が個人的に憤る必要はない。わかっている。正しくない衝動だって自分でもわかっている。それなのに、ニュースを見るたびに怒りの業火が私を包んでしまう。

でも、つんく♂さんが私の代わりに怒ってくれてるから。「自由な国だから」って高らかに宣言してくれているから。だから私が大声をあげて抗議しないですんでいる。きっとそうだ。ありがとうつんく♂さん。これからも、憤りが私を支配するたびに『自由な国だから』を聴くよ。そしてこの世の残酷さを思って泣くよ。そしてこれからも「私が選ぶよ」。自由な国だからね。朝どの靴をはいていくかも、化粧をするかしないかも、スカートをはくかズボンをはくかも、タンポンにするかナプキンにするかも、コンドームと低用量ピルのどちらで避妊するかも、ドトールのミラノサンドをAにするかBにするかCにするかも、住む場所も、もちろん職業も、この文章を上げることさえも、すべて私が選ぶよ。私の選ぶ権利を迫害する存在には全力で立ち向かっていくよ。

5位  Are you Happy? / モーニング娘。’18

この曲を聴いていると脳がしびれる。頭蓋骨がゆれる。とんでもない熱量と圧を感じて一歩引いてしまう。「ここから出して!」の連呼と「すごい好きだから すごい寂しい」「一緒にいた後は 不安しかない」での主人公女子の意識のゆらぎにつられて、私の心も揺さぶられるんだろうな。

(1位から続く)はーちんは可愛かったなぁ。はーちんがいなくなって私はかなしい。量産型でない個性的な顔立ちなのにとびきり可愛く、一発で顔が覚えられる子だった。声質も可愛かった。頭もよかった。根性もあり、それを表に出さずにスイスイと動ける子だった。彼女に足りないのは歌唱力だけで、それ以外は何もかもを持っていた。それなのに彼女はいなくなってしまった。今のモーニング娘。は、はーちんがのびのびと長期間いられる環境ではないのだ。その事実が悲しい。

この曲ははーちんの卒業曲であり、はーちんの歌だと私は思っている。「ここから出して!」も「来年の誕生日の分 先に愛してね」も、そのままはーちん。モーニング娘。を辞めて名門大学を目指す関西上流階級出身の女子の歌だ。

おそらくはーちんの家族、はーちんの住んでいる世界において、彼女がモーニング娘。であることにそこまで高い価値はない。我々おたくにとってみれば「この世のすべて」と言ってもいいほど高い価値をもつモーニング娘。だけど、おそらく関西名門私立高校出身、フィギュアスケートをたしなむ御家庭において、モーニング娘。であることにそこまで価値はない。大学卒という学歴の方が家庭内での価値がよっぽど高いのではないだろうか。いや、ひょっとしたら「大学に行ってない人間など親戚じゅう見渡しても一人もいない」レベルかもしれない。大学に行かないこと自体があり得ない、考えられない環境なのかもしれない。

はーちんはきっと人一倍苦労しただろう。さまざまな大人の意見に挟まれて、自分が何者で何をしたらいいかわからなくなったのではないか。なんで自分がモーニング娘。に選ばれたのかも、よくわかっていなかったかもしれない。彼女は唯一無二の存在だから選ばれて当然なんだけど。その美貌と上品さと頭の良さ、自己主張の少なさ、すぐに溶けてしまう春の薄氷のような儚さは、彼女のイメージカラーである水色と相まって他の誰にもない魅力を醸し出していたのに。

2番のはーちん唯一のソロパート「努力してるでしょ わたし 幸せになりたい」のはーちんのアップが映るところで、私はいつも悲しい気持ちになる。そうだよ、はーちんは努力していたよ。誰よりも人一倍努力していたよ。はーちんが10年間いられるような、10年後に立派な花を咲かせるような、そんなモーニング娘。であってほしかったよ。

はーちんは道重さゆみと入れ替わるようにモーニング娘。に入ってきた。はーちんは誰よりも道重さゆみに近い存在だったと私は思う。さゆに憧れて芸能界に入ったアイドルは山ほどいる。でもその誰よりも、はーちんは道重さゆみに近かった。さゆのことを全く意識していないはーちんこそが、10年後に道重さゆみになれる。最初は歌もダンスも下手、西日本の名家のお嬢様、とびきりかわいくて個性的な外見、かわいい声質、頭が良くトーク力が高い、ファンサービスの上手さ、画像加工能力の高さ、人知れず努力できる根性。当時のさゆにそっくりである。はーちんが10年間モーニング娘。にいられたら、彼女は道重さゆみになれたはずだと私は今でも思っている。

でも、当時と今は時代が違う。モーニング娘。はもうそこまで人気がない。将来の保証もない。はーちんを引き留められるだけの満足感と充実感を彼女に与えることは、我々にはできなかった。はーちんは芸能の世界に見切りをつけ、自分の家族の世界に帰って行く。

はーちんは頭が良すぎたんだ。はーちんも、ももちも、やなみんも、藤丼も、たぶんよこやんも、みんな頭が良すぎたんだ。だから「ハロプロに長くいても意味がない」って気が付いちゃうんだ。気付いた瞬間にもうアイドルなんてやってられなくなるんだ。わかるよ、そりゃそうだよ。だって今どき、満足に大学にも行かせてもらえないくせに、25歳で追い出されるんだよ!そりゃないよ!現在の20代子女は、大学新卒就職がうまくいかなかったら将来飢え死にする危機感をもって就活に挑んでるんだよ!寿退社とか25歳定年とかあまりに非現実なんだよ!子供が生まれたって仕事は続けるんだよ!片方の親だけじゃ収入が足りないから!給料は上がらないから!高度経済成長時代のおじいちゃんたちと価値観がまるで違うんだよ!

こんなにハロプロが好きな私も、自らがハロプロに入ろうとは思わない(※もちろん見た目的にも年齢的にもまったく!入れるはずない!ってことはわかってます※)。私から「学問の自由」と「表現の自由」を奪う団体に私は所属できない。ハロプロ大好きだけど、その中に入ってたった一度の人生をかけることは絶対にできない。だからこそ、ハロプロでアイドルに人生をかける決意をした女子のことは全力で応援する。はーちんは彼女の魅力が詰まった儚く素晴らしい卒業コンサートをした。はーちんが大学に行きたいと思うのは当然の欲求である。「学問の自由」は憲法で保証されている。自分にしかないやり方で幸せになって欲しい。

6位   フラリ銀座 / モーニング娘。’18

フラリ銀座好き。つんく♀ちゃんの恋する乙女の歌がモーニング娘。のシングルで炸裂するのは久しぶりである。うれしい。

銀座から日本橋まで思ったより近いんだな、という現実感と、「腕組んでると二人 星まで行けそう」と感じる、時空を超越した高揚感。この2つが同居している歌詞の世界観がたまらなくつんく♀。好きだ。いつものつんく♀ちゃんの発情ソングだ。

そしてこの曲は石田亜佑美の曲だな。仙台の可愛い田舎娘が、あの!噂で聞く都会の街!銀座に!行くから!すごく頑張って!はしゃいじゃっている!様子がとてもよく出ている。ワクワクが手に取るように伝わる。自分なりに頑張った(結果的にレトロになってしまった)服で、初めて銀座に行く!しかも彼氏と歩く!その高揚感(星まで行けそう)と身近な現実感(銀座から日本橋まで思ったより近い、飯もうまい、という実際に街を歩いてみたときに心に浮かぶ意識の流れ)の両立が素晴らしい。ダンスのセンターをあゆみんが張ってるのは当然だと思う。

7位    46億年LOVE / アンジュルム

往年のSMAPの名曲を作っていた林田健司さんの曲。ハロプロ提供はこれが初めて。ファンキーでとてもいい曲だ。むしろなぜこの曲を男性アイドルに提供しなかったんだろう?ジャニーズの男性アイドル達が歌っていれば、かなりのヒット曲になったのでは?そっちの方が林田さんのもらえる印税額も多かったのでは?こんなにいい曲をもらえて、我々ハロヲタとしては本当に嬉しいしありがたいのだけれど、純粋に不思議です。

アンジュルムはこれまでいろいろな路線を模索してきた。その中でも私はファンク路線が好き。『臥薪嘗胆』が好き。『うまく言えない』が好き。男性ボーカル加工された『臥薪嘗胆』がとても好き。

こういう男性ファンクボーカルっていま、岡村ちゃん以外あんまりいませんよね。当時のSMAPや一時期の関ジャニ∞が担っていた役割。誰か来てくれ!和製ファンクで女性ファンを魅了してくれ!待ってます。

8位    ハロー! ヒストリー / ハロプロ・オールスターズ

ヒャダインさんがとても丁寧な仕事をしてくれている。ありがたい。ヒャダインさんはハロプロ全グループをよく見てるなぁ。もっといろんな場面でこの曲を歌って欲しい。

ドラマ主題歌になった『蓼食う虫も like it!』より、『ハロー! ヒストリー』がずっとずっと好きだ。ていうかどうしてドラマタイアップが『蓼食う虫も like it!』なの?ハロプロ楽曲大賞を取った『46億年LOVE』がB面扱いなのはなんで?

もちろんヒャダインが悪いわけではない。だってヒャダインの作った他の曲、『ハロー!ヒストリー』も『WE ARE LEADERS! ~リーダーってつらいもの~』もすごくいいのだから。どうしてハロプロは、良い商品ほど奥に隠して陳列するんだろう?どうして?客として純粋に不思議。結局のところ、ハロプロという組織はたくさんの大人の声が入れば入るほど楽曲がダメになっていく場所なのだと思う。なぜかは知らない。

9位   雑煮でケンカしてんじゃねーよ / 宮崎由加(Juice=Juice)、牧野真莉愛(モーニング娘。’17)、川村文乃(アンジュルム)

これから正月のたびに脳内でこの曲が流れる。確実に毎年流れる。私の灰色の脳細胞はそういうしくみになっている。雑煮でケンカなんか誰もしないわ。でも「雑煮」を話のネタにさまざまな食卓で自分の生家の風習について語らなければいけない場面は、私のこれからの人生においてきっとたくさんある。毎年ある。そのたびに私の脳内には「雑煮でケンカしてんじゃねーよ♥」という宮崎さんの少し外れた可愛い歌声が流れ続けるのだ。彼女が卒業した後も、歳をとった後も、ずっとずっと。こんなに恐ろしいことはない。渡部チェルさん恐るべし。

以上です。2018年は豊作の年でした。つばきファクトリーの曲ぜんぶ、「Never Never Surrender」「銀色のテレパシー」「春恋歌」「青春シンフォニー」「夜中 動画ばかり見てる…」「マナーモード」「Uraha=Lover」もよかったですが、特記すべきことが少ないので割愛しました。

2019年は術後5年を迎えるつんく♂さんの復活と、BEYOOOOOOOOOOONDSの展開に期待しています。奇妙奇天烈だけど現実味がある(ここ大事)小劇場をお願いします。(2018/3/20)

2017年 ねじ子のハロプロ楽曲ランキング

ここ三ヶ月ハロステよりもハロヲタステの方をよく見てるねじ子です、やっほーたい。今年はハロプロハーブが不足した一年でした。

いや、上半期は素晴らしかったんだ。集大成ともいえる卒業ライブが続き、悲しいながらもすがすがしい達成感のある充実したオタク生活を私も送っていたんだ。ところがどっこい、6月以降のハロプロは凄惨な別れと断絶がくりかえされるばかりで、私のやわなハートはぼろぼろである。単純に言えばみんな辞めすぎだし、グループは解体だの増員だので変わりすぎだし、結果どれも没個性になっているし、肝心のリリース活動は縮小しすぎである。困ったもんだ。

ハロプロが「アイドルの公務員」と揶揄されていた時代は終わった。父親のようにメンバーを長年守ってきたつんく♂もハロプロを去った。メンバー採用時の契約や雇用条件も徐々に変わっているのかもしれない。メンバーは大量に登用され、次々に辞めていく。時代に合わせてついにハロプロも、薄利多売の使い捨て商売に足を踏み入れたのかもしれない。

私は女性アイドルとの握手にもハイタッチにも2ショット撮影にも興味がない。でも、それらはお客さんにとても人気がある。お金も儲かる。接触商売と色恋商売は身の危険と隣り合わせの肉体労働だから、続けているアイドルはどんどん消耗し、辞めていく。既存のメンバーは次々と脱落し、新兵のように若いメンバーが投入されるも、見せ場を作ってもらえる機会もないままに続々と消えていく。サイクルだけがどんどん早くなり、結果として、女性アイドルという職業は「使い捨ての駒」になる。残念ながら、そこに愛はないし芸術もない。

私はただ、愛を持って長期的にメンバーを育てつつ、誠実に音楽を作り、「生歌で」踊るライブを続けてくれれば、それでいいのだが。ハロプロは20年間そうやってきたはずなのだが。現状はそれも難しいのだろうか?日本のポピュラー音楽を支える環境はそこまで困窮しているのだろうか?CDが売れず、Youtubeに対応できず、ものづくりもおぼつかなくなって、年端もいかない女の子に握手させるしか金儲けのアイディアが残っていないのだろうか?ひょっとして業界全体が破綻の道を進んでいるの?そんなのいやだよ。しっかりと音楽を作り続けてくれさえすれば、私はいくらでもハロプロという楽園に踏みとどまれるんだ。つんく♂という偉大な音楽家、兼父親のいなくなったハロプロに果たしてそれが可能なのだろうか?私にとって今後のハロプロは未知の領域に突入する。

私自身はつんく♂さんに帰ってきてほしいと思っている。特にモーニング娘。に関してはつんく♂さん以外の作品を求めていない。私はモーニング娘。をつんく♂さんの名の下に「作家買い」している。

そもそも鑑賞や評論というものは、どうあがいても作者に依存されて行われるものだ。それがさだめである。サラリーマンの給与の範囲で買った名もない仏像でも、運慶作だと判明したとたんに数十億円の値がついてサザビーで落札されるのだ。かくいう私も、三島由紀夫の長編小説が好きだから、彼の糞みたいな男尊女卑観満載のエッセイも我慢して読むのである。糞だけど。一人の作家を好きになったら、その人の全集を読む。それが鑑賞であると、私は高校時代に教わった。そしてモーニング娘。はつんく♂の全集であり、つんく♂の作品集だ。ほかのものはいらない。それがどんな名曲であっても、ほかのものはいらないんだよ。

正直に言えば、つんく♂さんという「がんサバイバー」に対する事務所の対応に、医者として少なからず憤りを感じている部分もある。もし発表されている病状が「事実ならば」、つんく♂さんの5年生存率は90%以上あるはずだ。つまり、ほとんどの場合、このまま生き延びる。逃げ切れるはずなのだ。「10%も死ぬじゃん!」と言われても、普通に生活している人間だって事故で突然死ぬことはある。「おまえ将来、交通事故で死ぬかもしれないからクビね」と言われたら、これはかなりの理不尽であり、誰もが就業差別だと思う。「おまえは5年後に10%死んでるかもしれない」という理由でつんく♂さんのライフワークを取り上げてしまっている現状に、私は結局、納得ができていないのだ。ただでさえ生きるのに不安と苦痛がともない、治療に結構なお金と時間がかかる「がんサバイバー」の皆さんを、さらに苦しめることになってしまう。そんなのは医者として認められない。「がんサバイバーから仕事を取り上げるな!つんく♂さんは私の心を何度も闇からすくい上げてくれた、命の恩人なんだよ!彼を排除した事務所を許せない!」という、非常に子どもじみた憤りにとらわれてしまうことが、正直に言うと何度もあった。

※ちなみに、がんになっても仕事を辞めない・辞めさせないことは、今の日本の医療におけるスタンダードである。がん患者の就労支援の取り組みとして、厚生労働省も「今すぐに仕事を辞める必要はない、と患者に伝えろ」と基幹病院にお達しを出している。

実際は発表されているよりも病状は重いのかもしれない。私からは見えていない真実だって、きっとたくさんあるだろう。私の憤りは、ただ一面からしか見ていない短絡的な思考である可能性が高い。それでも私は、今後何が起こっても、少なくともモーニング娘。だけはつんく♂さんの意のままに音楽をやらせてあげてほしいと思っている。

12月に発表されたモーニング娘。の新しいアルバム『⑮thank you,too』は素晴らしかった。アルバムを通して聴いた私は天を仰ぎ、叫んだ。「つんく♂はまだ、モーニング娘。をあきらめていないのか!」と。つんく♂さんがモーニング娘。をあきらめていないから、私もモーニング娘。をあきらめることができない。困る。こんなにいいアルバムを作られちゃ困るんだよ。藤丼がいなくなってから、私は糞事務所の糞事務所ぶりにうんざりして、もうハロプロごと見捨てようと、ずっとずっと思っていたのに!どうしてつんく♂さんはハロプロを、モーニング娘。を見捨ててくれないの!?あんなにひどいことをされているのに!?どうして!?あなたが見捨ててくれないから、私もモーニング娘。を見捨てることができないんだよ!困るよ!私は今ハロプロハーブが完全に切れていて、ようやく20年間にわたる依存から逃れられる、ハロヲタがやめられるかもしれないって思ってるのに!

いつだってそうだった。矢口が脱走したときも、℃-uteが5人になったときも、スマイレージからゆうかりんが抜けたときも、鞘師が留学したときも、私はいつも「もう終わりだ」と思った。ハロプロのすべてにうんざりして、既存の曲すら聴けなくなった。それでも、つんく♂の楽曲はいつだってハロメンを見捨てなかった。私はつんく♂の作る新しい曲によって、何度も何度もハロプロに引き戻されてきた。たった一曲しか書き下ろさなくても、その強大な引力によって、いつも私は第二宇宙速度を出し切れずに、ハロプロという星の重力圏内にむりやり引き戻されてきた。今回もそうだ。

唯一つんく♂とのつながりを明言しているモーニング娘。が、いろいろありながらもハロプロ内で文句なしの一強状態なのは至極当然のことである。だってまだそこにはつんく♂がいるから。そこにだけは、いるから。そもそも、つんく♂が苦手な人は、もうとっくに48だの坂だのスターダストだのアイマスだのラブライブ!だのアイドル声優だのに移行済みだよ。今さらハロプロを支えている酔狂な人なんて、つんく♂が好きだからに決まってるじゃないか。それ以外に何の理由があるのさ。あ、ロリコンの皆さんがいたか。そうだそうだ、彼らを忘れちゃいけない。和月先生、おへその国へ来て我々といっしょに松原ユリヤちゃんを今後20年間応援しませんか?こっちは完全合法ですよ?

つんく♂という巨大な引力を持つカリスマのいなくなったハロプロ(とくに娘。以外のグループ)が、現在の売上減少を乗り越えることができるのかどうか、私にはわからない。私自身も、セットリストにつんく♂の曲が少ないと判明しているライブへ足を運ぶ機会が極端に減ってしまった。今後どうするつもりなんだろう?『ジェラシージェラシー』よりも『BRAND NEW MORNING』を表題曲にする決定をしたハロプロ上層部(どうやら私とは感覚が違うらしい)のお手並み拝見である。

1位 モーニング娘。’17 ジェラシー ジェラシー / モーニング娘。’17

 

最高の歌詞とつんく♂節。

まず、白黒半分に分かれた衣装が好き。イントロをセンターでバキバキに踊る石田あゆみちゃんの動きが好き。ふくちゃんがクネクネしながら「羨ましいのに」って歌うところが好き。ふくちゃん史上最高のソロパートだと思う。これまでのふくちゃんの数あるソロの中でも最も表現力が高い。きっとふくちゃんは本当に、他のメンバーを見て「若いだけでうらやましい」「細いだけでうらやましい」と思ってるはず。ぴったりなんだよ。

「人間 脳なんてきっと多分ほとんどMade with Jealousy」の小田さくらにいたっては、もう人間ではない何者かに進化している。メーテルとか妖怪人間ベラとか日活ロマンポルノの未亡人とか指名手配ポスターの中にいる過激派政治団体の女幹部とか。たった一人で女王の風格。女子フィギュアスケートでいうなら、すでにカタリーナ・ヴィットかミッシェル・クワンかアリョーナ・レオノワ。他の女子たちが習い事の延長、または学校の部活でフィギュアスケートを滑っているのに、ひとりトリプルアクセルが飛べなくなった20代後半ベテラン女子選手が醸し出す妖艶な風格を身にまとっている。

そして誰もが評価する謎のラップ「Rich Young Girly 細い」。細い。Skinnyではなく、細い。突然の日本語。ダサい。そして大サビ前に音が一瞬止まっておっさんの声で突然入る「ジェラシー」。最高にダサい。笑っちゃう、でもそこがいい。くせになるダサさだ。これは昔からハロプロに参加しているラッパー・U.M.E.D.Y.さんの声である。一番有名なのは『恋愛レボリューション21』のイントロ「へいよー れんあい れぼりゅーしょん にじゅーいーち いくぞ よーなーう!」の声ね。

U.M.E.D.Y.さんは脳腫瘍(しかも悪性度の高い膠芽腫)で、もう長いこと闘病していた。この曲はつんく♂さんとU.M.E.D.Y.さんという、ともに40代でがんに罹患した音楽家の曲なのだ。そう考えると、歌詞の趣も変わってくる。他の女子にすぐに嫉妬しちゃうありがちな10代女子の心情だけではない。死に至る病と戦わざるをえない運命につき落とされた若き音楽家である両名が、健康で未来ある他の音楽家に嫉妬し、もがきながら作った曲なのである。なんで自分だけがこんなに早く死ななくちゃいけないんだ、悔しい、他の音楽家に嫉妬する。それでも「悔しさが明日を作る」と信じて「悔しさが情熱に着火」しながら作った作品なのだ。嫉妬を原動力に「だからこそ明日に向かう」し、そんな「私の努力を誰かたたえて」と叫んでいるのだ。このリリックをつんく♂さんがどんな気持ちで書いたのか、U.M.E.D.Y.さんがどんな気持ちで歌ったのか、それを思うとたまらない。U.M.E.D.Y.さんは闘病のすえ、この曲のリリースの10ヶ月後に亡くなった。こうなるともう、私にとって『ジェラシー ジェラシー』は断末魔の魂の叫びになってしまう。

この曲とカップリングで「新時代の幕開け!」などという単調な歌詞を書かされ、図らずも歌詞の深度を比較されることになってしまった星部ショウさんには同情を禁じ得ない。

2位 つばきファクトリー 笑って / つばきファクトリー

おしゃれで可愛い色合いのMV。「笑って」と言いながらも笑わない映像。可愛いメロディと歌詞。メンバーも全員可愛い。作詞作曲は「泡沫サタデーナイト!」でおなじみ津野米咲さんです。笑わないりさまるが好き。おのみずの歌声が好き。巻き込まれちゃった田舎娘感が強く残るあんみぃも好き。天才かつ天真爛漫な大阪娘のまおぴんも好き。ロコドル出身らしいあざとさをもつイカちゃんも好き。男性向けの薄い本で拉致監禁→快楽墜ちする美少女にありがちな要素をすべて兼ね備えた外見のりこりこも好き。つばきはいいな!この良さがずっと続いてほしいな!いつまで続くかな!ずーっと続いてほしい!けど!決してそうはならないんだろうな!

3位 Juice=Juice Fiesta! Fiesta! / Juice=Juice

Juice=Juice新メンバー加入後のデジタルシングル第一弾。作詞作曲はペルー出身のエリック・フクサキ。デジタルシングルの欠点は正しい歌詞の流布に時間がかかることである。MVの発表も妙に遅かったし。おかげさまで、Fiesta!Fiesta!スペイン語ラップ部分はニコニコ動画において空耳天国になってる。「キッコーマン!」「アフォ!」「物申す!」「馬!」「馬!」「馬!」「馬!」「バス移動!」「ダ~メよ~」は耐えられたけど、「一般のお客さんは座って!」と「飲み続けてゲロった!」で私の腹直筋は死んだ。

さて、Juice=Juiceに新メンバーが入ってきたのはつらかった。

わたしはやなみんのことをカントリー・ガールズ加入当初から「ハロプロの今後十年間を支える救世主だ」と思っていたし、『Ready Go~ありのままで~』は松たか子よりもMayJよりも、段原瑠々ちゃんがハロプロ研修生公演で歌ったやつが一番心に響くと思っている。デビューできるかどうかすらわからないのに、広島から単身出てきた彼女の悲壮の決意がにじみ出ていた。

私はJ=Jの5人もみんな大好きだ。追加メンバーの2人も大好きだ。それなのに、つらかった。J=Jの新体制を見るのがきつくてきつくてしかたなかった。「どうして私がこんな気持ちにならないといけないんだ!個人ではみんな大好きなのに!どうしていいのかわからない!」という状態で私は数ヶ月を過ごした。

ねじ子は初期のJ=Jつんく♂曲が大好きだ。作業用BGMとしてもう1000回は聴いている。特にかなともの声が好きで、彼女のパートはすべて覚えている。覚えるつもりなどなかったのに、耳が勝手に覚えてしまった。彼女の声が聞こえるはず、と心が期待しているところで、彼女以外の声が聴こえてくるのがつらい。彼女は辞めたわけじゃないのに、まだグループに健在で、病気を抱えながら日々がんばっているというのに。彼女のパートで彼女でない声が来るのがつらい。予想以上につらい。新しいパート割を聴くたびに心が沈んでしまう。もちろん、かなともが悪いわけではない。パートをもらった新メンバーが悪いわけでもない。メンバーを恨むのはお門違いだ。悪いのは決定権があり、かつ表には出てこない大人たちである。わかってる。それでも、がっかりしてしまう。「新しいパート割、きっついなぁ……」と思ってしまう自分もきつい。

Juice=Juiceの武道館公演へ行くかどうかもさんざん迷った。過去の曲、とくに『イジワルしないで抱きしめてよ』のかなともパートをかなともじゃない人が歌っているのを聴いたら、私は気が狂う。正気ではいられない自信があった。ぜったいにぜったいにがっかりして、膝から崩れ落ちてしまう。わざわざ仕事を早退し、周囲に迷惑をかけつつ子どもを夫に預け、寒空のなか武道館まで行き、明日も仕事だと言うのにわざわざ陰鬱な気持ちになるのかと思うと気が重かった。すると、とたんにチケット代8000円が重い。発券手数料と決済手数料の合計540円はさらに重く感じた。

そのたびに、私はFiesta!Fiesta!のライブ動画を見ることにしていた。

「金澤朋子のへそと尻を見るだけでも8000円の価値はある!」と呪文をとなえ、私はなんとかハーブを補充しつづけた。結果として行ったJ=Jの武道館公演はとてもよかった。歌が上手いって素晴らしい。フルコーラスって素晴らしい。つんく♂の古い曲をガンガンに歌ってくれるのも素晴らしい。全員にパート割があるのも素晴らしい。『Never Never Surrender』1番ラスト、全開の笑顔でセンターを張るかなともを見たときは昇天した。「ここだよ朋子!」って大声で叫べただけでも料金の元は取れている。うん。うん。それでもやっぱり、かなとものパートがかなともでないたびに、私のやわなハートにはヒビが入りまくったんだけどね……。特に「ねぇねぇ私のどこが好きよ」と「ねぇねぇあなたの匂い好きよ」と「今日も戦うエブリディ」は今からでも遅くないから、かなともに戻してくれないかな……。そして、あんなに求めていた!かなとものへそ出し衣装は!なかった!なんで?おかしくない?ここ、おへその国でしょ?おへその国を自称しているくせに最近のハロプロはへそ出し衣装が少なすぎるよね!?ちゃんと練習してきたん!?

4位 誤爆~We Can’t Go Back~

これだよ、これ。星部ショウの真骨頂はこれだよ。こっちでしょ?『BRAND NEW MORNING』も『弩弓のゴーサイン』も『五線譜のたすき』もぜんぜん面白くなかったけど、この曲はとても面白い。ていうか、『BRAND NEW MORNING』において星部さんは自分の書きたいことなんて一文字も書かせてもらえなかったんじゃないかな。あれ、全部上からの指示でしょ?指示された文言しか入ってない歌詞でしょ?そのくらい、あの曲からは作者の意思が感じられなかった。作者の上から入った指示と、その下でぺしゃんこに潰されている星部さんと児玉さんの肉片の残骸はよく見えるんだけど。だから『BRAND NEW MORNING』も『弩弓のゴーサイン』も『五線譜のたすき』も、作品としてはつまらなかった。それに反して『誤爆~We Can’t Go Back~』は最高に面白い。ハロプロ研修生北海道の『リアル☆リトル☆ガール』も面白い。Juice=Juiceの『TOKYOグライダー』『Never Never Surrender』も面白い。インディーズ向け作品や、タイアップが何もない時期にスッと挟み込まれる楽曲の方が出来がいいという、つんく♂にありがちだった法則が、星部ショウさんにもすでに当てはまってしまうのか……。ああ……。

5位 モーニング娘。’17 邪魔しないで Here We Go! / モーニング娘。’17


変な曲。そしてねじ子が今年最も萌えた曲。どぅーが卒業するに当たって最後に作られた、まーどぅーのための曲である。いしよし・辻加護以来の、モーニング娘。の長い歴史においても屈指の人気を誇ったカップリング・まーどぅーの片割れが卒業するにあたって、つんく♂が作った最高のレクイエムだ。まーどぅーは奇跡、まーどぅーは宇宙。まったくもってその通り。

こうは言うが、工藤はいい時期に卒業したと思う。よく決断した。よく頑張ったよ。モーニング娘。にいる間は、歯列矯正もさせてもらえないだろうし、髪も伸ばさせてもらえないし、化粧もろくにさせてもらえないし、工藤個人のことだけ考えれば今抜けるのは正しい選択だ。娘。ヲタ的には大打撃だけど。工藤の外見を美しく保つためには今のモーニング娘。には奇妙な制約が多すぎる。これからは加入時に見せていたギラギラ感、「狂犬チワワ」「ロリヤクザ」と言われていた頃の小生意気さと愛くるしさを武器に女優として頑張って欲しい。実際、武道館で見た最後の工藤には、ハロプロエッグの頃のギラギラした野望とそれに似合わない愛らしさが戻っていたように思う。

これは一般論であるが、障害児のための特別なクラスにおいて、比較的障害の軽い子が重度障害の子の「お守り役」にさせられてしまうことが往々にしてある。重症の子どもは(一瞬)落ち着くし、先生は楽になるし、周囲の大人たちは安心する。でも実際は、お守り役にさせられてしまった子どもへの負担があまりに大きい。お守り役の子の成長が見込めなくなってしまうのだ。それはそうだ、普通の子どもの世話を普通の大人がするのだってたいへんなんだから、さらにきつい仕事を子どもにやらせたら負担が大きいに決まっている。今では「お守り役の子ども」を作るのはよくないこととされ、教育現場では禁物になっている。それでもまあ実際は、「禁物」という戒めが必要なくらい「行われがち」なことなのだが。

気持ちを言葉でうまく表現できず、どうしても周囲から浮いてしまうまーちゃん。音楽的才能にあふれ、天真爛漫で自由な天才モーツアルト型のまーちゃん。そのまーちゃんに最も信頼される同期であり、努力家で真面目なサリエリ型の工藤。工藤は周囲から「まーちゃんのお守り役」として大なり小なり期待されていただろう。そしてそれは、野心がある思春期の少女にとって非常につらいことでもあったはずだ。だって工藤は誰からも愛され、誰とでも上手に付き合うことができる美少女なのだから。モーニング娘。は教育機関ではないから、「お守り役をつくることはお守り役の子どもの負担があまりに大きい、やめておけ」という定石が共有されているとは思えない。工藤と佐藤の関係の下には、観客には見えない数多くの葛藤と矛盾があっただろうと容易に想像される。だからこそまーどぅーはドラマティックであり、多くの百合女子を魅了したのだ。

「今まで何やってたんだろう All I do 自分の夢の責任者 自分だってことを ようやくわかった気がする」と歌う工藤。外へ出ることを決めた工藤が最後の大サビ導入で高らかに「邪魔しないで」と歌う。その工藤の左肩をさわり、後ろに押しのけながらセンターにあらわれ「やさしいキスも 今いらない 無駄はやめて!」と歌いあげるまーちゃん。2017年9月19日の「The Girls Live」で披露されたこの部分が、私が今年最も萌えたシーンだった。

工藤はモーニング娘。を去る。邪魔しないで、翼を広げるために場所を開けて、と言う。残されたまーちゃんは、優しい言葉はいらない、無駄だ、と最愛の工藤に言いながらもモーニング娘。に残り、センターとして孤独に歩いていく。これからのモーニング娘。の姿そのものである。二人の道はここでいったん分かれた。まーどぅーという、いびつで、かつ完成されたコンビの別れに対する最高のレクイエムをつんく♂さんは作ってくれた。私が言っていることがピンとこない皆さんは、とりあえずなんでもいいので自分が今萌えているカップリングの切ない別れのSSをpixivで適当に見繕い、この曲をBGMにして読んでみてほしい。私の言っている意味が少し伝わると思う。

あ、ちぃちゃんはおそらくあとから大人にねじ込まれたセンター。この曲のコンセプトとは驚くほど関係がない。

6位 モーニング娘。’17 若いんだし! / モーニング娘。’17

一転して、つんく♂が工藤個人に送る卒業ソング。映像がいい。私も今すぐつくばの研究学園駅に行って、工藤と一緒に、いや工藤になりきって風を切って歩きたい。そんな衝動に駆られる美しい映像だ。このMVをもってアイドルを卒業できたことを、つんく♂さんからこんなに素晴らしい曲をもらって皆に祝福されながらアイドルを卒業できることを、工藤は一生の誇りにして生きていっていいと思う。ちなみにこの曲調はトロピカルハウスというらしい。知らなかった。

工藤がルパンレンジャーに選ばれたことも嬉しい。ルパンレンジャーがとても面白いことも嬉しい。東京ドームシティのお披露目公演にも本人公演にも4年ぶりに行きたい、たぶんチケット取れないけど。大泉東映で入待ち出待ちしたい、寒いからとても無理だけど。ハロプロエッグ加入時から工藤はずーっと「戦隊モノが好き!」と言っていたの、私はちゃんと覚えてるよ。軽薄でいっちょかみ発言が多い工藤だけど、戦隊モノに関しては、にわかじゃないって私が証明する。当時、生田が「仮面ライダーゼロノスが好きです!」と言ったのに対して工藤が「私はマジレンジャー世代です!」と発言し「おいおいつい最近じゃねーかよ!」と戦慄したのも、おばちゃんきちんと覚えてるよ。あの頃の戦隊は面白かったね。デカレンジャー→マジレンジャー→ボウケンジャーの流れは最高だった。女の子たちも可愛かったなぁ。みんな元気でやってるかな。これで生田が持ち前の運動神経を生かして仮面ライダー出演者に抜擢されたら、当時の伏線がすべて回収されるね!やったあ!

7位 キレイ・カワイ・ミライ / PINK CRES.

PINK CRES.は今どきの女子である。今どきの女子を狙いすぎていて、ほほえみがこぼれるほどである。インスタ、カラコン、オルチャンメイク。インフルエンサー、バズ狙い。はやりの服、はやりの靴、はやりのスタイル、はやりのメイク。あまりに流行通り、あまりにメーカーの狙い通り。もちろん、アラフォーの私はまったくターゲットではない。それでも最高にかわいい彼女たちをほほえましい気持ちで見ていられる。いろんなものを乗せすぎて傾きかけたタワー状のチョコレートパフェがこちらに運ばれてくるときのようなドキドキ感だ。

おそらくこれは雅ちゃんの天性の明るさ、嫌みのなさゆえだと思う。全力で流行通りにふるまっていても、まったく気負いが感じられない。流行に全力で乗るのって実はとても疲れることだ。お金もかかるし、常に周囲の目線を気にしなくちゃいけないし、すぐに流行遅れにされるし、少しでもほころびが見えたら馬鹿にされるし。自分だって徐々に歳をとるし、体型も変わるし、肌も荒れるし、髪も伸びるし。それなのに雅ちゃんはまったく気負いがないのである。頑張っていなさそう。ただ生きているだけのように見える。ファッションという大きな流れの真ん中で、常におだやかにたたずんでいる。決して流されず、決しておぼれず、決しておごらず、他人を馬鹿にせず、ゆうゆうと、ファッションという名の激流の真ん中に彼女は立ちつづけている。必死であがき続けるもその場所に長くはいられなかった梨沙子とは対照的な姿である。まったく希有な人だ。

実際は、雅ちゃんもものすごーく努力しているんだろう。そうでなければあの場所にずっといられるはずがない。それなのになぜか、まったく!努力してる感じがしないのよねぇ。なんでだろう。実は雅ちゃんって、桃子よりも陰の努力を見せない人である。桃子は「白鳥が水面下では実はジタバタもがいてたなんてファンの方たちは知りたくないと思いますし」と口に出してファンに伝えてくる子だったけれど、雅ちゃんはそれすら言わない。すげぇ。徹底している。何歳までこれで行くのだろう。その名のとおり「雅」な姿に、私は感嘆し続けている。

今年は以上です。来年はモーニング娘。最新アルバムから『もう我慢できないわ~Love ice cream』がぶっちぎりで一位を取る予定です。アイスクリーム・らぶでありかつ、アイ・スクリーム・らぶ、ね。愛を叫んでいるのね。アイスクリームは当然のようにセックスの暗喩ね。ふと気がつくと頭の中アイツのことでいっぱいになるんでしょ。初めからないならば諦めもつくけれど、知ったからはもうやめられないんでしょ。暑い日は当然、寒い日も震えながらほしいんでしょ。寝る前も求めちゃうし寝起きからのガツンでしょ。えっちだなぁ。つんく♀ちゃん久々の女子発情ソングが味わえて私はすっかり恵比寿顔です。(2018.3.31)

2017年 ねじ子のオレコンランキング

1位 ようこそジャパリパークへ / どうぶつビスケッツ×PPP


『けものフレンズ』1期アニメは素晴らしかった。オープニング映像も素晴らしかった。実はねじ子、アニメの主題歌を出演声優が歌うのってホントはあまり好きじゃない。単純に、本職歌手に比べるとどうしても下手な人が多いのでメロディもリズムも聴きとりにくくなるからだ。でもこの曲は、「出演声優がテーマ曲を歌う」という前提で作られた作品として考えられる限り最高の状態に仕上がっていると思う。日本にオタク文化が残る限り永久に歌い継がれるアニメソングになるだろう。

彼女らはこの曲をひっさげて2017年の歌番組に出まくった。フルで歌う機会も多く、その姿はハロヲタとしてうらやましいほどであった。新人女性声優さんばかりなのに、生放送の歌番組でも生歌で頑張っていた点も素晴らしかった。歌もダンスも台詞もどんどん上手くなり、場慣れしていく彼女たちは見ていてとてもほほえましかった。ベテランのかばんちゃんが真ん中に入ると、場がきゅっと引き締まるのもよかった。何もかもが信じられないくらいうまくいっていたのだ、たつき監督の降板騒動までは。

「けものフレンズは2期からたつき監督が外れます」という文言は私にとって「源氏物語は宇治十帖から紫式部が外れます」「ねじまき鳥クロニクルは第3部から村上春樹が外れます」と同義である。部外者の皆さんには何を言ってるのかよくわからないと思うが、作家性の高さで言えばそのくらいの愚挙に見える。「KADOKAWAの偉い人!よく考え直してくれ!」と思っていたのだが、どうやらもう、たつき監督はおろか制作会社のヤオヨロズごと2期から外されることは決定したらしい。あーあ。

大切なのは金の卵ではない。金の卵を産むガチョウなんじゃよ。イソップ大先生もそう言っておるではないか。欲の皮が突っ張ってガチョウの腹を割いてしまうと、二度と金の卵は手に入らないんじゃ。もちろん、ガチョウそのものも二度と手に入らない。当たり前じゃ。古来より言い伝えられる寓話だというのに、なぜみんなガチョウを殺してしまうんじゃ!たつき監督さえ残しておけば、オタクたちは円盤にも舞台にもグッズにも二期にもガンガンに金を使う予定であったろうに。彼らの財布はもう別のところに霧散してしまったよ。あぁ、もったいない。

観客はオタクだけではなかった。『けものフレンズ』はたしかに子どもたちにも届いていたのだ。おそらく、夏休みの早朝に再放送をやっていたのがよかったんだと思う。子供たちが毎日朝、遊びに行く前に、または学童に行く前に、30分間視聴するのにちょうどよかった。「おはスタ」のあと親子で見られる、ちょうどいい物語としてぴったりとはまっていた。このまま永遠にテレビ東京の朝の顔になれるクオリティを持っていたのだ、持っていたのに。

2017年9月の東京ゲームショウに、ねじ子は個人的に遊びに行っていた。子どもとその保護者しか入れないエリア(ファミリーゲームパーク)に最新の「太鼓の達人」アーケードゲームが置いてあり、子どもたちはみな行列して無料で遊んでいた。その子どもの実に8割近くが『ようこそジャパリパークへ』を選曲していたんだよ!!ちなみに残り2割の子どもたちは『前々前世』や『アナと雪の女王』や『シュガーソングとビターステップ』あたりね。あの会場にわざわざ入場料を払って入った大人が連れてきた子どもたちなんだから、オタクバイアスは多少かかっているだろう。それでも、行列中ずーっと『ようこそジャパリパークへ』が選ばれている光景を見て、私は涙腺が潤んでしまった。「よかったね、ヤオヨロズ寺井社長。つんく♂と一緒に上京してきた甲斐があったね。よかったね、たつき監督。よかったね、吉崎観音さん」と。

もうジャパリパークの謎が明かされることはないのか。サンドスターとは何か、なぜ毎年火山から降り注ぐのか、セルリアンは何の目的でどこから来たのか、現実の日本とどう繋がるのか。あの世界にちりばめられた多くの謎と伏線は、永久にそのままになってしまうのだろうか。ひょっとしたら今後のシリーズにおいて「何らかの回答」は示されるのかもしれない。でもそれは他の人が考えた結論だ。私が知りたいのは、たつき監督が1期を作りながら考えていた結論なんだよ。それは永久に封印されることがもう決定してしまった。とても残念だ。

『仮面ライダーディケイド』でシリーズ脚本だった會川昇さんが最高の作品を作り続けていたにもかかわらずある日突然降板させられ、彼の考えていたであろう世界観の謎、つまり「ディケイドはいったい何者なのか」が不明瞭なまま作品だけが放映されつづけたのとよく似ている。伏線が回収されるのを、『仮面ライダーディケイド』がノベライズするまで私はずっと待っていたのに。いつか會川さんが帰ってきて、物語の謎が解き明かされるのを待っていたのに。結局すべての謎は投げ出され、放置されたまま、ディケイドの物語はポシャっとつぶれて終わった。まぁ当たり前か。それを考えた人がいなくなっちゃったんだもんね。『けものフレンズ』でもまたあのときと同じ気持ちを味わうのかな。いやだな。

火中の栗あらため、見えてる地雷となった『けものフレンズ』二期を引き受けざるをえない状況に追い込まれた気の毒な、いや勇敢なアニメ会社とアニメ監督に幸多からんことを心よりお祈り申し上げます。

2位 二時間だけのバカンス / 宇多田ヒカル

ヒカルちゃんおかえり。あなたのいないn年間はさみしかった。

いや、ヒカルちゃんが「人間活動のため休止する」ってニュースを聞いたときは「おう、休め。どんどん休め。休みたくなるのも当然だよ。これだけ私生活で苦労してさ、家族に振り回されてさ、音楽制作のプレッシャーも背負ってさ、プライバシーもまったくない生活を送ってたらさ、誰だっておかしくなるわい!ヒカルちゃんはよくやってるよ。えらい!好きなだけ休め!そしてもし、また歌いたいという気持ちになれたら、歌ったらいいよ。あなた自身の歌を聴かせに来ておくれ」としか思えなかった。休養、大賛成だった。

ところが、いざ彼女が帰ってきて次々に新作を発表してくれると、こんなにうれしいことはない。こんなに幸せなことは他にないのだ。高校生の頃、毎週月曜日にジャンプで『幽☆遊☆白書』の続きが読めることが至上の喜びだったように、毎月つんく♂の新曲が聴けた4年前までのハロプロのように、毎月のようにヒカルちゃんの新曲が聴けることがとてもうれしい。ヒカルちゃんという音楽家が同時代にいてくれて本当によかった。ヒカルちゃんがいない間、実はとてもさみしかった。私は鈍感で、体の末端への神経のめぐりがひどく粗雑だから、ヒカルちゃんが復帰してはじめてヒカルちゃんがいなくて実はとてもさびしかったことに気が付いた。

最愛にして最大の悩みの種であっただろう母親が死に、最愛の子供が生まれた彼女が、新しい境地にいたり、また音楽をやろうと思ってくれたことがうれしい。新曲を届けよう!と思ってくれたことがうれしい。

セールス的には、以前の方が上なのかもしれない。「『travelling』みたいな陽気でアッパーなR&B風歌謡曲をまた作ってよ!」と思うリスナーが世の中には多いのかもしれない。それでも今の彼女はもうそこにはいないのだ。私は今のヒカルちゃんの曲が一番好きだ。いや、常に最新の彼女が最高の彼女だ。彼女の歌詞と、歌に対する姿勢はきわめて純文学的である。彼女の作品は今の日本において最も大衆に届きやすい女流私小説だとねじ子は思っている。

『二時間だけのバカンス』は正確には2016年の復帰アルバムの中の曲だ。椎名林檎とのデュエットであり、MVでも共演している。

一番の歌詞を見ると、これは小さい子供をもつ女性の物語だとわかる。子どもが生まれて、自分の時間もおしゃれをする余裕もまったくなくなった。子どもを幼稚園や小学校に送り出し、急いで家事を終えたあと、子どもが帰ってくる午後の1時か3時まで。そのたった数時間が、母親に与えられた唯一の自由時間である。子どもを産んだ女性の多くが共感できる状況だ。この不自由さに耐えられない女性は、子どもを育てられない。もちろん、たいていの社会において子どもを捨てることは許されていないから、みんな何とか現実と欲望の折り合いをつけて、矛盾を抱えながらも生きている。なるほど、確かにこれは子どもを持ったヒカルちゃんが新しく至った境地なんだろう。

ちなみにこの曲をモチーフに、30代ママ向けのファッション誌『VERY』において「二時間だけでも、ちょっとおしゃれをして集まってママ友同士の息抜きをしませんか?」という体裁で特集が組まれたらしい。そこでは「『二時バカ』症候群」という新名称も提案されていたとのこと。なるほど。

ところが二番まで聴くと、どうやら様相が変わってくる。「家族の為にがんばる 君を盗んでドライヴ 全ては僕のせいです わがままにつき合って」あれ?なんかほかの人間の影が出ててきたぞ?しかも相手にも家庭があるみたいだぞ?自分も子持ちで、相手も家族があって、あれ?これ不倫してね?「二時間だけのバカンス 渚の手前でランデブー」「ほら車飛ばして 一度きりの人生ですもの 砂の上で頭の奥が痺れるようなキスして」って、あれ?これわざわざ車で海まで行ってますよね?海沿いのラブホテルで二時間ご休憩してますよね?

さすがヒカルちゃん、一筋縄ではいかない。甘ったるい共感だけじゃないわ。さすがである。不倫が必要以上に社会的制裁を受けているこのご時世にあっぱれである。いや、こんなご時世だからこそ上手な暗喩を駆使して、こっそりと高らかに不倫を歌いあげたに違いない。「女性誌でママを集めて特集された」という事実は、ヒカルちゃんの暗喩がどんぴしゃにハマってすべてが上手くいったことのあらわれであり、その手腕に子気味よささえ感じる。

そうそう、特筆すべきはMVの映像だ。椎名林檎との共演。デビュー年も同じ、レコード会社も(当時)同じ、でも作風はずいぶん違う二人。お互いを認め合い、でも決して交わらず、20年間それぞれの道をそれぞれの方法で走ってきた二人の初めての合作だ。双子のようにおそろいの黒髪おかっぱで寄り添い、手をつなぐ二人。たまらない。今も『ヒカルの碁』をこよなく愛するおかっぱフェチのねじ子の性癖をこれでもかと押してくる映像だ。どうしたらいいのかわからない。あ、誰も私のフェチなんて聞いてませんね。すみませんでした。

一つのソファに座り、抱き合い、思わせぶりに互いをさわる二人。しかも監督は椎名林檎の現夫である児玉裕一さんである。そして歌詞はW不倫。しかも歌い出しが「クローゼットの奥」と来た。なんてメタファーにあふれているのか。

ひょっとしてヒカルちゃん、なにかをカミングアウトしようとしてる?NHKの歌番組「SONGS」出演時に「ストレートの同性に恋をしてしまった同性愛者の気持ちを唄った歌です」とヒカル自身が明言した『ともだち』といい、『二時間だけのバカンス』2番の歌詞といい、実はアルバム『Fantome』って宇多田ヒカル版『仮面の告白』なのでは……?そういえば紀里谷監督との結婚生活が破綻しそうな時期の、紀里谷さん以外が久しぶりに監督した『COLORS』のMVでも、女性同士が絡み合う映像を背景に「今日の私はあなたの知らない色」とか言ってたなぁ。うーむ。いや、全然問題ないし、なんならねじ子もぜひ一局お手合わせお願いしたいくらいなんだけど……。あれ?本当に?日本でのLGBT、とくにLが抱える苦労は現代日本の自覚なきミソジニーと中年独身女性の経済的困窮問題に深くつながっているから、とんでもなく重いよ……?ヒカルちゃんが生まれたニューヨークや、今住んでるロンドンとはわけがちがうよ?いや、だからこそ、なのか……?

 3位 ずーっといっしょ~20周年記念バージョン~ / いないいないばぁっ!

つんく♂最高。正確には2016年の曲だけど、モーニング娘。20周年を迎える今だからこそ!この曲を推します。Eテレの赤ちゃん向け番組『いないいないばぁ!』20周年記念で作られた曲。すべての歴代お姉さんたちが集まり、ワンコーラスずつ歌うリレーボーカル形式だ。おねえさんたちのそれぞれのソロパートの歌詞には、当時の代表曲のタイトルがきっちりと組み込まれている。さらにDVDの特典映像では、彼女たちのレコーディング風景まで見られる。最高だ!

今年はモーニング娘。20周年らしい。本当は2017年が20周年だったと思うけど、大人の事情で2018年が20周年ということになったらしい。まぁ、そこはいい。それより!モーニング娘。でも同じようなことやってくれますよねえ!!!?『いないいないばぁ!』にできたことが、つんく♂の分身といってもいいモーニング娘。でできないはずないですよねぇ!!??Eテレがやれたことが、音楽事務所であるアップフロントさんにやれないはずがないよねえ!!???頼みますよ!!加護ちゃんもいちーちゃんもマコも小春も呼んでね!!!!!もちろん、つんく♂さんが作詞作曲ディレクションですよぉ!!!事務所の指示でできあがった他者の合作はいりませんよお!!?たとえそれがどんなに良曲であっても、いりませんよぉぉ!!!??

『いないいないばぁ!』のつんく♂曲は、作曲のみで作詞を別の人がやっていることが多い。三浦徳子さんとかね。作詞までつんく♂が手がけた2017年の新曲『のりものステーション』も最高だった。私の曇った目にはもう、ゆきちゃんが鞘師に見えてる。赤い服だし。一人でセンター張ってるし。で、わんわんが香音ね。緑だから。ずっしりしてあたたかそうな体格も、きゅっとひきしまった目の大きい顔も、ほら香音ちゃんでしょ。間奏で二人並んで踊るところとかそのまんま、りほかのだよ!ほら!9期!9期だ!赤いきつねと緑のたぬきだ!わーい!わーい!あぁわたしつんく♂不足で頭おかしくなっちゃったかも。ハロプロハーブが切れて幻覚が見えてきたのかな。禁!断!症!状!あ、医者は離脱症状って言わなくちゃね。

4位 『ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド』メインテーマ

今年のねじ子のオタク大賞はNintendo Switchの据え置きゲーム『ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド』がゲットしました。『ゼルダの伝説』は小学生の頃友人の家で初代作をやっただけの(もちろんあまりの難易度にさじを投げた)ねじ子は、今年はじめて『ゼルダの伝説』の深い世界観に触れ、どっぷりとはまったのでした。

まずは、新しいハードにのせる新しいゲームとして最高。新ハードでできるすべての性能を完璧にプレゼンしているゲームだ。オープンワールドな操作感も楽しい。山のどこへでも、海のどこへでも、草原のどこへでも、自由に行ける。行けない場所がない。どんな方法でクリアしてもいい。いや、クリアなどしなくてもよい。ハイリアの大地で好きに生き、好きに食べ、好きに狩り、好きに労働し、好きに着替え、好きに寝ればいい。崖を見たら登ればよい。その先の景色が見たかったら、さらにその先に行けばよい。リンクである私は自由だ。ゼルダなんて知らない、どちらさまで?という状態で、のうのうと魚を捕り果物を取り米を刈って暮らし続けてもいい。もちろんすべての誘導を無視して開始15分でボスを倒しに行ってもいい。

ゲームミュージックはゲームの中での体験に大きく左右されてしまう。私はこの曲を聴くともう、ハイラルの大地に吹く風、突然の雨の冷たさ、崖ですべる手、回想の中のゼルダの冷たいまなざし、どこからか迫ってくる野生のけものの荒々しいにおいを感じてしまう。ゲームをやっていない人がこの曲を聴いて同じ気配を感じることができるかどうか、私にはわからない。だってもう私はゲームをプレイしてしまったから。まっさらの状態に戻れない。未プレイの皆さんにもこのテーマ曲からある種の壮大さだけは伝わると信じている。

5位「新幹線変形ロボ シンカリオン」テーマソング「チェンジ!シンカリオン」 / 山寺宏一

シンカリオンはタカラトミーとJRのタイアップで、もう何年も前から変形合体おもちゃが先行して販売されていた。このテーマ曲もずいぶん前からyoutubeにアップロードされ、鉄道大好きな子どもたち(いわゆる子鉄)に絶大な支持を得ていた。2018年始の段階ですでに約500万回も再生されている。あ、そのうち150回くらいは私のiPadです。歌とナレーションは安心安全の山ちゃん。山ちゃんすげぇよ、何やらせても一流だよ。シンカリオンがアニメ化しても、OPはぜひ!この曲を使ってほしかった。土曜の朝から山ちゃんが熱唱してくれると信じていた。ナレーションも山ちゃんの声で聴けると信じていた。信じていたのに。

なぜだ!なぜ変えた!

いや、商売上、OPやEDの曲のタイアップが必要なことはわかっている。ボイメンだって嫌いじゃない。仮面ライダーバロンことバナナ嫌いのゆーちゃむが順調に出世しているのも嬉しい。わかってる、わかってるんだ、でも。これだけの名曲をお蔵入りさせてしまうのはもったいないよ!アニメでもどこかで流してくれ!

そして1月から満を持して始まった地上波アニメは最高である。正しいロボットアニメだ。ねじ子の中では『ポプテピピック』と並んで今期の覇権争いを繰り広げまくっている。今のところは「家族仲がよく、コンプライアンスのしっかりしたエヴァンゲリオン」といった体。今後どこへ向かうのか楽しみだ。シリーズ脚本の下山さんにも、また会えて嬉しい。ジャンプの打ち切りサッカー漫画とニンニンジャーはともかく、『銀魂』と『帰ってきた特命戦隊ゴーバスターズVS動物戦隊ゴーバスターズ』は最高に好きだったから、続きを楽しみにしている。

オタク母世代としては、緑川と杉田の声が聴けることも嬉しい。どうせ毎週何度も(子どもにつきあって)見させられるのだから、声がいい方がいいに決まっている。子どもたちが録画再生に夢中になっている間に我々は家事をすることになるのだ。画面は見られず、音声だけを何度も聴くことになる。だから好きな声が耳に入ることはシンプルにありがたい。自らロボットに乗っていた緑川と杉田も、いつのまにかロボットに乗る少年の父親世代の役をやるようになったのだなぁ。感慨深いぜ。

6位 EXCITE / 三浦大知

三浦大知さんは1997年頃にそこそこ売れた子どもユニットFolderのセンターだった男の子だ。沖縄アクターズスクール出身。Folderは明らかにジャクソン5を意識したグループであり、センターの彼のボーイソプラノが最大の武器だった。つまり三浦大知はマイケル・ジャクソンとして沖縄から連れてこられたわけだ。変声期と成長期を迎えた彼はあっという間にグループからいなくなった。女子だけの5人組になったグループはFolder5と名を変え、女性アイドルとして少し活動したあとあっけなく解散した(そのうちの一人が満島ひかりcで、女優として大成している)。

当時の私は「センターの超!歌の上手い男子が放逐されちゃった!ひどいよ!女子だけになったらFolderの魅力は半減だよ!」と思っていたのだが、実際は違っていた。彼はダンスで身を立ることを決意し、いったん芸能活動を休止して単身ニューヨークに渡り、虎視眈々と腕を磨いてきたのだ。ジャニーズ以外の男性アイドルはTV番組に出られない状況の中で、「このままでは自分は立ちゆかなくなってしまう」という認識が本人にもあったのかもしれない。

天才子役としてもてはやされたローティーンの栄光からいかに脱却するか。これは古今東西の名子役が悩む難しい問題のようだ。かのマイケル・ジャクソンもそうだった。マイケルのように歌とダンスの実力を磨くことを決意し、折れずに努力し続けてきた三浦大知くんの覚悟はすばらしい。誰も口に出してはいないが、元モーニング娘。鞘師にも、「三浦大知のようになりたい」という考えがあると思う。そしてそんな彼をちゃんと20年間支えてきたエイベックスも素晴らしい。エイベックスは今年、何十年にもわたって独占しているいわば「お抱えの仕事」である仮面ライダーOP曲を、彼に与えた。一気に知名度を得た彼は、Folderから苦節20年ようやく再ブレイクしたのだ。よかった。

どこを取っても、往年の「正しい」エイベックスらしい素晴らしい仕事である。あまり売れなくても、なかなか切らない。かんたんには人を見捨てない。一回売れた人には長期的に仁義を尽くす。ある種「やくざ的」で「ヤンキー的」で「仁義を切ってばかり」とも言われる、古くて正しいエイベックスの人事力学である。エイベックスがエイベックスらしく正しい仕事をしたのを、わたしは本当に久しぶりに見ることができた。近年ずっと見ることのできなかった「いい方のエイベックス」である。とっても嬉しい。

ちなみに「よくない方のエイベックス」の2018年最も顕著な例がこれ。↓

えーっと、私はソウル・フラワー・ユニオンが大好きです。ニューエスト・モデルとメスカリン・ドライブだったころから好きです。ソウル・フラワー・モノノケ・サミットも大好きです。もちろん奥野真哉さんのキーボードも大好きです。奥野さんがこんなにメジャーな仕事で作曲をする、と知ったときは感無量でした。奥野さんが作曲してるから、長年の盟友である中川敬さんが歌唱に参加している点も最高です。こんなにメジャーな仕事は受けたくなかっただろうに!奥野さんのためだけに!MVにまで出演して!「シェー!」のポーズまでやってあげているそのお姿!涙なしには見られません。「あの歌う活動家・中川敬が!究極のアナキスト・中川不敬が!アニメのタイアップで、シェー!を!シェーをやるとは!うわー!……」という、わけがわからない気持ちの高まりはありました。確かにありました。ありました、が、あえて言いましょう。

ひどいタイアップだな!

なにがたくさんの大物ミュージシャンとタイアップだ!おたく的には、こっちのほうがよっぽど大物タイアップなんだよ!↓

アニメ「おそ松さん」の円盤と関連商品が思った以上に売れたから、権力のある大人たちが「予算がたくさんつくわぁ!いっちょかみしたろ!」って魂胆丸出しで全力で後乗りしてるのが見え見えじゃんか!萎えるわ!!客の方をまったく見ていない。いや、ここまで行くと「客の方を見ていない」と口に出して言うのも馬鹿馬鹿しいな。だって、需要がないことなんて百も承知で、それでも50代のおっさんたちに富を再分配したかったんだろうからさ。ミュージシャンはもちろん誰も悪くない。きちんと細部まで作ってある良曲だと思う。それでも、萎える気持ちをどうしても止められない。池袋でたくさん見たあの女の子たちは、自分の父親より年上の名前も知らない男性ミュージシャンを養うためにアクリルキーホルダーと缶バッチを大量に購入して身につけていたわけではないと思いますよ。

今年は以上です。7位以下は、ハロプロ楽曲ランキングと同じになってしまうので省略します。

ちなみに2018年の俺コンランキングは今のところ『POP TEAM EPIC/上坂すみれ』と『恋するポプテピピック/古川ポプ子と千葉ピピ美』が強烈なトップ争いを行う予定です。「ポプテピピック」は第2話だけをもう32回はリピートしています。お絵かき作業用BGVに最適。キングレコードの本気を感じる。(2017/1/25)