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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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第1回 熱中症

地方中堅病院に勤める人々の真夜中の風景をつづる「医局23時19分」、第1回のテーマは、来る夏にふさわしく「熱中症」です。今回は時間外救急外来にて当直中の1年目研修医赤城くん、2年目研修医青葉くん、そして指導医の緑川先生の会話をそーっと覗いてみましょう。
赤城くん:あー、たるいっすね~。こんな時間になってもまだ暑いっすよ~。あんま患者さん来なくて今日はラッキーでしたね。明日ロングだから*1)、今日はなるべく寝たいっす俺。
青葉くん:夏は患者さん少ないんだよ*2)。今のうちにゆっくり鑑別診断しとくといいぞ。冬は患者さんあまりに多くて、考える暇もなくなってくるからな。
赤城くん:へいへい。
緑川先生:救急車来るぞ。80歳のおばあちゃんで、昼間農作業したあと気分悪くてずっとぐったりしてるそうだ。
赤城くん:はぁ。ぐったりねぇ。
青葉くん:頭になんかあったのかな?*3)実はもともとだったりして。
緑川先生:まぁこの暑さだしな、脱水や熱中症かもしれん。あとは基礎疾患があるかどうか…*4)

*1)ロングオペ。6時間くらいかかることが予想される手術のこと。実際は手術中の思わぬ出来事等によりもっと長くなる。腹部大動脈瘤置換術、頭頸部の腫 瘍摘出+再建術、多くの胸部外科の手術などがこれにあげられる。研修医は大抵何もせず、でも、清潔になって突っ立ったまま見学していなければならない。当 直明けは立ったまま眠る研修医が続出する。
*2)夏は患者数が全体に少ない。冬はインフルエンザ等の影響により、極端に増える。(科によってバラつきあり)
*3)要するに脳に何かあった=大抵、出血(脳出血・くも膜下出血・硬膜外血腫など)か、梗塞のどちらかではないかってこと。CT送りにすれば大抵の鑑別がつく。
*4)意識障害の鑑別は山ほどある。実は認知症等があり、元々このくらいのレベルで、何が緊急疾患なのかよくわからないことも多い(家族に普段のレベルを 聞いて比較するしかない。)*3)で青葉くんが言っているような中枢神経障害は誰でもすぐに思いつくが、ぬけがちなのが内分泌疾患。糖尿病持ちなら低血糖 や糖尿病性ケトアシドーシス、肝硬変なら肝性脳症など、基礎疾患から推理しなきゃいけないものも多い。

救急車来ました

救急隊員:日中農作業を少しやって、その後家でゆっくりしていたそうですが…。気が付いたらぼーっとしていたとのことです。
緑川先生:おばあちゃん、わかる?お名前は!?(患者さんを叩きながら)うおっ、こりゃ熱いな。 おばあちゃん:あ~。う~。(嫌がりながら)
青葉くん:あんまりレベルよくないですね…*5)バイタルはどうかなっと。モニターをつけて。
緑川先生:とりあえず体温を測ってくれ。血圧85、脈120か…。こりゃちょっとショックになっとるな。*6) 看護士の荻野さん:41.2℃です。
青葉くん:こりゃ熱中症かな。
緑川先生:誰かライン取って!なるべく太いので!*7)あと血ガスと採血を!
青葉くん:は~い。僕血ガス取ります。お前、ラインな。なるべく20ゲージ以上*7)で取れよ。おばあちゃんちょっとごめんね~太股の付け根から採血するよ~痛いよ~ちくっ。
赤城くん:あ、はいっ!!
緑川先生:とりあえず冷やすぞ。
赤城くん城はライン取って、全開で冷えた*8)ラクテック*9)でも落としてくれ。 あと荻野さん、タライに水と氷いれて、ガーゼ沢山浸しておいて。あと氷嚢と、扇風機持ってきて。
赤城くん:せんぷうきぃぃぃぃぃぃ!?
青葉くん:おや、熱射病初めて?
赤城くん:はい…
緑川先生:あらゆる手を使ってよーく冷やすんだ。それが重要。

*5)このときのレベルはJCS(JapanComaScale)でI-3、GCS(GrasgowComaScale)でE4V2M5くらいか。
*6)ショックとは血液として循環している血漿量が極端に少なくなって、臓器や全身を維持していくのが難しくなっている状態のこと。何らかの理由で、血液 が体の中を流れにくくなっていると思うと簡単。臨床的には、意識レベルが悪い、血圧下がりまくり(収縮期80mmHg以下)、心拍数の増加(100/分以 上)、尿量の低下(20ml/時間)などで判断する。「ガーン!!」という一般的に使われる「ショック」とは基本的に全然違うので気をつけよう。
*7)大量輸液が必要なので、なるべく太い針で点滴を取れってこと。その方が落ちるのが早いから。だいたい18~22ゲージが大人においては使われる。数字が小さい方が太い。
*8)この時のために、冷蔵庫でキンキンに冷えた輸液ボトルをいっぱいストックしておく。逆に外傷や低体温の時などは、体温が下がらないように人肌程度に暖めた輸液ボトルを使う。
*9臨床においてほとんどの説明は商品名で行われる。病院によって入っている商品が違うのでその都度覚えなくてはならない。研修医や学生はまず、自分の所 で使われているメジャーどころを押さえるべし。ちなみにラクテックとは生理学でも出てくる乳酸リンゲルの、一番メジャーな商品の名前。

そして患者さんはこんな状態になった…。

<絵>
赤城くん:すげぇ…
緑川先生:お前ら胃洗浄*10)できるか?よく冷えた水道水でいいから、胃洗浄して体を中から冷やすんだ。これはかなり効くぞ。
赤城くん・
青葉くん:は~い。(二人で胃洗浄開始)
緑川先生:あとはおしっこが出るかどうかだな。お~い誰かバルーン入れてくれ。 荻野さん:あっ、あたしやりましょう。
緑川先生:やはり尿はあんまり出ないな…。あ、尿検査出しておいて*11)。血ガスの結果出たか?*12)よし、血糖・Na・Kは大丈夫だな。pHも酸素化もとりあえずOKそうだな。この年でHb15とはかなりの脱水だな。*13)ラクテートは10か…。
青葉くん:あんまり循環動態、良くなさそうですね。*14)
緑川先生:ま、そりゃそうだな。まずは冷やしながら脱水を補正するしかないのさ。MOF*15)になってなければいいんだが…。 看護士さん:ラクテック終わります!どうしましょう!?
赤城くん:え、どどどうしよう。*16)
青葉くん:同じのもう一本全開で行って。
赤城くん:(先輩すげぇ…)
緑川先生:もう一回体温測ろう。どうだ?
赤城くん:あ、39.5℃に下がりました。採血も出ましたよ。
緑川先生:む、よこせ!どれどれ…。BUN高い、Creは0.7か。脱水。*17)肝酵素は大丈夫。*18)ま、いいだろう。多臓器不全は免れたようだしな。血小板と、PTも…問題なし*19)。よし!おいICU用意しておけ!

*10)胃洗浄についてはKokutai10月号のねじ子大先生の美しいイラスト参照。
*11)ここでオーベン大先生はミオグロビン尿のことを考えている。研修医君たちは気が付いていない。
*12)血ガスは早く出る。1分もかからないので、緊急の時はとても便利。機械によっては電解質やアニオンギャップ、果てはヘモグロビンや乳酸なども調べ てくれる。この病院に入っている血ガスは高性能のようだ。ちなみに緑川先生はここで糖尿病性疾患や電解質疾患を排除している。
*13)女性しかも高齢であれば、Hbは平均よりやや低めくらいが正常値である。それなのに基準値範囲内に入っているということは、血管内の水分が足りないということ。
*14)ラクテートつまり乳酸が高い=解糖系の代謝回路が働いている=末梢で酸素が足りてない=あんまり循環が良くないってこと。酸素が不足すると、嫌気的解糖が増えてゆくってのは生化学でやったね。
*15)MOF=多臓器不全のこと。multiple organ failureの略。つまりいろんな臓器が軒並み駄目になっていっている状態。腎不全と肝不全がいっぺんに起こっちゃったとき等に使われやすい。モフと読む地方とエムオーエフと読む地方がある。
*16)研修医はいきなり決めなくちゃいけないことが降ってくると、とてつもなく弱い。
*17)一般に、BUNとCre両方高いと、腎不全。BUNがやたら高いくせにCreそんなに高くないときは、脱水やら消化管出血を考える。この場合は脱水。
*18)多臓器不全になっていなくて一安心。逆に来た時点で多臓器不全だと、お年寄りの場合救命すら難しい事が多い。
*19)DICにもなっていなくて一安心。ホントはDICの診断にはFDPやフィブリノゲンの値も必要なのだが、夜間にはこれらは測れない(下手すると採血もできないような)救急病院も多い。この病院でも測定できないようだ。

入院準備にバタバタする周囲

赤城くん:…確かに日中は暑かったけど、なんでこんな時間に運ばれて来るんだろう?
緑川先生:家族の発見が遅かったのかもしれんが。…でも、夜間や自宅内でも熱中症は起こるぞ。クーラーの付いている家ばかりとも限らないしな。日射病ばかりではないんだぞ?
赤城くん:うっ、そもそもそこらへん僕国試でも苦手で、よくわかってなかったんです…。
青葉くん:後でイヤーノートでも見ておきな。*20)
緑川先生:さて入院するにあたり、これから注意することは何だ?
赤城くん:えっと…えっと…*21)
緑川先生:まずは尿が出るかどうか。それが最大のポイントだ。熱中症の時は高度の脱水で MOFやDICになりやすい。お年寄りでそうなったら終わりだ。とにかく細胞外液を入れる*22)。おしっこが出るのを確認するまではカリウムフリーが好 ましいが、ま、どちらでも良い*23)。大量に落とす。時間尿量のチェックはかかさずやる。尿が出てなければ輸液をさらに増やす。熱中症は腎不全になるこ とも多いからな。尿出なくてKが上がったら透析も回さなきゃいかん*24)。あと、腎不全といえば…この後、起こりうる有名なことは何だ!?
赤城くん:えっと、えっと…(なにそれ)
青葉くん:(俺もわからない、黙ってよ~っと)
緑川先生:横紋筋融解だ。*25)ミオグロビン尿くらいは知ってるだろ?尿検査は明日の 朝必ずオーダーして、尿の色は自分でも見ろ。わかったな。あと、朝の血算、生化、今日出せなかった凝固、血ガスは必ず出しておくこと。横紋筋融解なら、 CPKと、Kくらいは当然見ておけよ、わかってるな?
赤城くん:(後で、イヤーノート見ようっと…。)
青葉くん:(後で、今日の治療指針見ようっと…。)*26)

球外戦隊ネラレンジャーに朝は来るのであろうか!?以下次週!!(嘘)

*20)困ったときのイヤーノート。訳して年帳。医者になっても、ド忘れたときや珍しい疾患が来たときに辞書的に使う。後輩にあげずに取っておこう。
*21)時々振ってくるオーベンからの高度なパス。その難易度は中田なみ。たいてい答えられず、穴があったら入りたい気持ちになる。
*22) 本当なら国試的には、熱中症の治療は「血漿浸透圧330mOsm/l以上なら1/2生理食塩水、未満なら生理食塩水。中心静脈圧で管理」だが、そもそも浸 透圧なんぞを計算している間に患者さん死んじゃうのが救急外来。しかもクソ忙しいので現場で計算はあまりしない(余裕があればもちろんした方が良いに決 まっているが)。中心静脈圧も、中心静脈取んなきゃ測定できないわけで、すぐやるには侵襲が大きすぎる。それよりは末梢静脈でもいいから、素早くたくさん 入れるほうが先決。ここでは最も血漿成分に近く、点滴したとき最も血液に残りやすい細胞外液を選択している。もちろん生理食塩水でも良い。
*23)実際はラクテック等に含まれているKはごく微量であり、あまり関係ないといわれており、細胞外液(多くは乳酸化リンゲル)を使ってしまうことが多 い。当然のように、本来なら「尿が出るまでKフリー」が絶対だが、一般病院の現実はそんなもん。国家試験の時は絶対真似しないようにね(はぁと)
*24)急にKが上がると、不整脈が起きてあっと言う間に死んでしまうので様々な手段を使ってKを下げる。カルシウム剤(商品名カルチコール)静脈注射、 グルコースインシュリン療法、メイロンでアルカリ化してアシドーシス補正、イオン交換樹脂(商品名ケイキサレート)注腸などだが、それでも下がらなければ 最終的には血液透析で無理矢理取り除くしかない。
*25)横紋筋融解:体中の筋肉が突然解けだす病気。様々な原因による。長時間の昏睡、熱射病、マラソン、crush症候群など。何にしろ、筋肉から溶け 出たミオグロビンが腎臓のフィルターを詰まらせて急性腎不全を起こすのが一番困る。ミオグロビンの混じったレンガ色のおしっこが出るのが特徴。筋肉から溶 け出るCPKやK(カリウム)の採血データで病勢を判断する。
*26)「今日の診断指針」「今日の治療指針」は、迷ったときにとっても使える辞書的存在。親しみを込めて「大人のイヤーノート」と呼ばれる。

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この本の制作がものすごい押したせいで、救命救急編の制作が大幅に割を食ったのは内緒です。