西日本の人たちは日常生活に戻って下さい。
西日本が昔と変わりない正常な生活を送れていることが、東日本の人間にとって唯一の希望です。今でも、地震以前と同じ生活をして、同じように電気も使えて、同じ製品を作ってくれて、こっちに送り届けてくれることが、我々にとっての命綱であり、唯一の明るい希望なのです。名古屋さんと大阪さんと福岡さんのことはマジ頼りにしています。
ここからはオタクとしての意見です。
よって、西日本のサイト管理者さんたちが自粛して、萌え萌えな作品をアップしてくれなくなっているのが非常に残念です。こんな時こそ、萌える作品をアップし続けて下さい。それが私の生きる糧なんです。それでいろいろなストレス(度重なる緊急地震速報とか余震とか地震酔いとか停電とかラッシュとか原発事故の影響範囲とか未来への漠然とした不安とか)を解消しているんです。ねじ子オタクだから、萌えがないと生きていけないんだよ。だけど、こっちは萌えを生産できる精神状態ではないんだよ。だから西日本のみんな、お願いだ!萌えを供給してくれ!更新を止めないでくれ!普通と変わらない生活を送ってくれ!(2010/3/18)
東京在住で、医者で、小さい子供の母親でもあるところのねじ子は、東京から逃げません。なぜなら、逃げる必要がないからです。ホリエモンや茂木さんにならって、「私も逃げない!!」って言うよ!ちなみに東浩紀のことは、今後一生、「思想家」「表現者」として一切評価しませんからね!
福島原発事故の未来がどうなるかについては、下の大前研一さんの映像を参考にするとよいと思います。
福島原発が与える(最悪を想定した場合の)被害範囲がわかるでしょう。
東京に来ている放射線の量は現在、全く問題ありません。東京における放射線の量が今後増える見込みも、現段階ではありません。それでも怖い人や、政府の発表が信じられなくなっている人は、東京日野のガイガーカウンターを見るといいでしょう。
http://park18.wakwak.com/~weather/geiger_index.html
アレルギー患者を年々確実に増やしまくっている「スギ花粉」や、発癌性がばっちり統計的に証明されている「タバコの煙」の方が、よっぽど危ない状態だと判断しています。
以下は医者として思うこと。
放射線は怖くありませんが、計画停電は、その地域の医療機関にとって結構なダメージです。非常用電源のない病院は、その時間、すべての医療活動がストップします。患者さんを他の時間帯/他の病院にまわすしかありません。人工呼吸器がある病院ならば、非常用電源はたいてい確保されていますが、これらは重油だのガソリンだの灯油だのの、液体燃料で維持されています。ところが、東京でも売り切れ…。おいおい…。薬品や酸素ボンベや医療物品も、あるにはあるのですが、それを輸送するための車両用ガソリンが足りなくなってきた状況です。おいおい…。マジ勘弁してくれ!!買い占め、マジでやめて下さい。足りなくなったときに、足りなくなった分だけ、買うようにしてください。東京人なんだから、電車に乗りましょう。元気な人は歩きましょう。自転車に乗りましょう。東京のガソリンスタンドは大混雑で、行列が高速道路へ向かう幹線道路の一車線を潰し、そのせいで大渋滞が起きています。渋滞はますますガソリンを消費し、今一番大切な「物流」も滞ってしまいます。買い占めは無知で自分勝手なだけでなく、復興を邪魔する憎むべき行為だと自覚して下さい。(2010/3/17)
ねじ子とその周囲は無事です。ライフラインも無事です。
食料やガソリンや電気や水や酸素は不足が続いていますが、それでも、東京には「東海道からの物流ライン」が残っていることを実感できます。物流の全体量は減っても、決してゼロにはなっていません。入荷があります。パニックによる買い占めさえ収まって、皆で少しずつ節約すれば、細々と過ごせそうです。でも、千葉→茨城と、北へ行けば行くほど、それは困難になっているようです。交通手段も流通も、どんどんなくなっていきます。地域からの脱出はおろか、通勤もままなりません。電車も走らず、高速も通れず、一般道も破損、破損してない道路は大渋滞、ガソリンも足りない、そんなことしてると緊急地震速報!→また余震かよ…もう嫌だよ…。関東はそんな感じです。自分が今いる土地で、最善を尽くしながら、一日一日を過ごすしかありません。
そして東北被災地で働いている医療従事者の皆さん。
頑張れ。超、頑張れ。
今が一番、しんどいと思います。
でも、これから、状況は必ず良くなっていきます。
明けない夜はありません。
これからは、状況は良くなっていく一方です。
ねじ子はそう信じています。
そのための努力とサポートを、日本中、いや世界中から、必死で行っています。
ニュースに出てくる街の中に、私の本を購入して下さった方の街の名も、医者の知人のいる街の名もありました。
皆さんが現地の病院で、生きて、今まさに戦っていることを祈り、心の底からの応援を送ります。
« 新しい記事