チーム青森(つづき)
ある日の夜、家に帰るとカーリング女子・日本対ロシア戦が行われていた。日本の女の子達はみな若く、美しく、仲が良さそうで女子校の部活のようだった。カーリングのルールを全く知らない私は、とりあえず日本の選手を覚えようと一人一人にあだ名を付けていった。
まず円の方にいて指示を出している人。一番偉いみたいなので「部長」。部長と相談して、部長が投げる時は円の方にいる人。部長の次に偉いみたいなので「副 部長」。あとは下っ端の部員。「東北娘」と「美人さん」と「控えの可愛い子」。(「美人さん」は、実況の熱いプッシュのせいで後に「マリリン」というあだ 名に変わったが。)
見ていると部長の一投がかなり得点にひびくスポーツのように思えた。部長、これは重圧だなぁ。だからこそ一番偉い人が最期に投げるんだろうな…などと考えていたら、日本部長の顔がどんどん半ベソになってきている。おい、大丈夫か!?本気で心配になった。投げる前から半ベソの部長を見ていると、何だかこっちまで、だんだんいたたまれない気持ちになっていく。
絶対に失敗しちゃいけない一番で、失敗してしまった記憶。誰の心にも必ず一つはあるだろう。浪人のセンター試験で、これまで失敗したことがない数学 で失敗したこと。○○医大の面接の日、道に迷って遅刻したこと。逃げ出したくなるような重圧の中で行動して、失敗してしまった記憶。その恐怖が私の脳裏に 蘇ってくる。「投げる前から半ベソ」の部長は、見てるだけでこっちの心臓を痛くさせた。そして本当に失敗してしまった後の表情は、見ていられなかった。
日本はロシアに逆転負けしてしまった。その後何試合も、部長の半ベソは続いた。
カナダ戦は良い試合だった。私は素人なので、カナダがどのくらい強いのかは良く知らない。ただカナダに旅行したとき、本当に至る所にアイスがあることに驚いた。スウェーデン戦もイギリス戦も徹夜して見た。そして、部長は勝ったときも嬉しいときも常に半ベソな のであった。大事なショットの前は、こっちも心臓が掌で握りつぶされるかのような気分になるが、それが決まった後はこちらも自分の事のように嬉しくなる。 解説のおっさんが泣くのも当然であった。私もスイス戦後に人生で初めて偏頭痛を起こしてしまった。プレーオフの重圧に押しつぶされて試合中に偏頭痛を起こ したシカゴブルズのスコッティ・ピッペンを思い出したよ。私は何もしていないのになぁ。次起きたらカフェルゴット内服だよ。嫌だなぁ。
部長は辛いときも怖いときも嬉しいときも半ベソ。そして副部長は常に冷静で、有効ショット率は100%で、そんな部長を常に支えていた。
女性だけの集団というのは難しい。自分が女なので、よけいそう思う。特にこの年代の女(20代後半)は、みな人生の目標がバラバラで、しかもことご とく目標に(必要以上に肩に力を入れて)邁進しているから、友情を保つのがどんどん難しくなる。専業主婦・子持ち・バツイチ・仕事バリバリ・フリーター・ ニート・夢追い人。徐々に会話が合わなくなり、お互いが会う機会も減ってゆく。下手をするとお互いの人生を馬鹿にし、足を引っ張り合うようになる(その最 たるものが女性週刊誌だ)。そしてそんな孤独な女のそばに残るのは、大して好きでもない彼氏一人だったり。「こんな年だし、親も年だし、貴男しかいない し…」らーらー、らららー。あぁ書いてて辛くなってきた。
でもこの二人は違う。お互いの夢にかけ、お互いを頼り合って、貧乏の中でも二人で生きてきた。故郷からも離れた寒い国で。それどこの青春アミーゴ? 奇跡のような女二人の友情に、心が洗われる思いだ。私はそれをどこに置き忘れてきてしまったのだろう?私にもあったはずなのに、そういう友情が…。
というわけで「歩と弓枝は二人で一つ」なので、今、最も心配なのは「二人そろって引退してしまうこと」だ。私はもう少し貴女達を見ていたいよ。続け て欲しいなぁ。生活苦で続けていられないと言うのなら「おんどりゃワシが二人そろって嫁に迎えて好きなだけカーリングやらしたるわい!!」などと剛毅にも 考えたが、あいにく日本には重婚制度がないうえ、よく考えたら困ったことに私も女なので、何もできずカーリング協会になけなしの金を寄付するだけなのであった。カーリングバナナも関東じゃ売ってないしなぁ。トホホ。