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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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受容のプロセスはまだ第一段階

道重さゆみがモーニング娘。を卒業する。来るべき時が来た、と思う。長年ハロプロを見ていれば、これはむしろハロー!プロジェクト全体にとって「よい知らせ」であることもわかっている。さゆが卒業を発表できるということは、モーニング娘。12期オーディションに将来有望な少女が内定したということであり、つんく♂の病状に目処が立ったということであり、現在在籍している娘。メンバーの将来性にある程度確信を持てた、ということである。どれも素晴らしいことだ。わかっている。そう、これは予定されている通りの流れであり、あるべきものがあるべき場所にきっちりと収まっていくのを我々は静かに見守っているだけなのだ。わかっている。卒業と加入を断続的に行い続けるのがモーニング娘。だ。私もそのシステムを心の底から愛している。期間が限定されているからこそ、輝かしい未来を持った美少女たちが、我々のくだらない妄想茶番劇にお付き合いしてくれるのだ。わかってる。

でも、私の胸はひどく重く苦しい。どうしていいかわからない。鉛を無理やり飲まされたような、腹にずしんと重く沈んだ物体を消化することができない。実験室のラットのように意味なく部屋中を歩き回ってしまう。気を抜くと「さゆ、ちゃゆ、ちゃゆうううう……。やめないで、おねがいだよ、やめないでよ、私をおいていかないでよ。私は明日から一体どうして生きていけばいいんだよ。私にはまだまださゆが必要なんだよ。あなたのいるモーニング娘。を、あなたの歌を、あなたという作品を、まだまだ見ていたいんだよ」と呟きながら床に崩れ落ちてしまう。この私が、福田明日香から始まるすべてのハロメンの卒業と脱退を見てきたこの私が、さゆの卒業発表動画をいまだに見ることができない。ニュースを再生できない。怖い。怖いんだよ。さゆの美しい唇から「モーニング娘。を卒業する」という言葉が出てくるのを見たくない。それを聞いて崩れ落ちるであろうフクちゃんや工藤を見たくない。あ、でも鞘師が嘘泣きしてくれてたらそれはすげぇ見たいけど。4月の末日に雨のサンシャイン大通りを「さゆ、ちゃゆ、ちゃゆうううううううううう。もっとさゆを生で見ておくんだった。私にはいくらでもその機会があったのに。なんでもっと現場に行かなかったんだ。私は馬鹿だ。そうだ、もう死のう。いやここで死んでも意味はないな。今からでも、できるだけ多くのコンサートに行って、さゆへの愛を叫ぼう。そして死のう。いや違った、これからもフクちゃんや香音や鞘師や生田を見守ってあげないと。あぁ、みんな愛しいよ。でも今はこのまま足元から水たまりに溶けて消えてなくなっちゃいたい気分だよ」と独りごちながら下を向いて歩くおばちゃんを目撃した方がいたら、それは私です。あまりに強い愛と、愛する対象から解離した自らの現実を自覚したとき、人は死を願う。愛情や萌えって実はとても死に近い感情だと思う。とても好きな人と安全な環境で一度限りのセックスをしたあととか、コミケで特殊な趣味の本を大量に買いあさったあととか、最高に幸せだけど最高に死にたくなるもんな。ねじ子はまた一つ大人になったよ。

患者さんが死を迎える際の対応は「終末期医療」と呼ばれ、臨床医療の一大ジャンルである。末期がんなどで「ある程度」事前に予告されている死を患者さんが受け入れていくプロセスとして、5つの段階があると言われている。大げさに聞こえるかもしれないが、私は今まさにそのまっただ中にいる。

第1段階 は「否認」。大きな衝撃をうけて現実を否定する。「さゆが卒業?そんなはずはない」と否定し、自らにとって都合の悪い情報を受け入れなくなる。今の私だ。

次に第2段階 「怒り」が来る。「どうしてさゆはこんなに早く卒業してしまうんだ。モーニング娘。のことが大事じゃないのか。あんなにグループへの愛を語っていたのに、あれはすべて嘘だったのか。さゆ本人の意思であったとしても、周囲は全力で止めるべきだった。今さゆを卒業させるなんて、つんく♂と糞事務所はいったい何を考えているんだ」というような、筋違いの怒りを筋違いの方向にぶつける。

次に第3段階 「取引」。「これからはCDもちゃんと買うし、グッズも買うし、コンサートも皆勤するし、署名活動でも何でもするから、さゆの卒業だけは取り消してくださいお願いします糞事務所様」というような取引を心の中で試みる。絶対的存在との心の中での対話である。普通は神様や仏様との取引だけれど、この場合はさゆそのものやつんく♂や事務所になる。

次に第4段階 「抑うつ」。取引はたいてい徒労に終わり、運命は動かない。絶望して無気力になり、何も手につかなくなる。

そして第4段階と平行して徐々に第5段階の「受容」がやってきて、静かに運命を受け入れる心情になっていく。私もきっと、最終的には安らかにさゆの卒業を受け入れる、はずである。突然すべてを悟ったように解脱したり(アイドルヲタ卒業)、一縷の希望にすがったり(そうだ!きっとプラチナモーニング娘。が結成されて、さゆはそこに入るんだ!)、勝手に輪廻転生する(若いメンバーに乗り換える。これを業界用語で「推し変」と呼ぶ)人もいるだろう。

私はまだまだ受容の第1段階である。第5段階まで遠いなぁ。どうしよ。「さゆの姿をひと目見れば気持ちが落ち着くかも…」と思ったけれど、ゴールデンウィークのモーニング娘。中野サンプラザ公演はまったくチケットが取れなかった。それならばと、おへその国の入国ビザことハロプロ研修生実力診断テストのチケットを取ろうと思ったら、そちらも完売だし。嬉しいけど、困るよ。ガンガン当日券が出ていた頃の中野サンプラザが恋しい。

やはりここはオタクらしく、文章を書くことで気持ちを昇華するべきなのだと思う。次のエントリーではリハビリを兼ねて、道重さゆみの天才性と特別性について書こうと思います。(2014/5/8)