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医師兼漫画家 森皆ねじ子

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最悪の富士F1

富士スピードウェイに日本グランプリを見に行った。最悪のイベントだった。こんなひどいイベントを私は見たことがない。

予選の行きのシャトルバスは、雨の中1時間待った。その程度なら、鈴鹿でもあったことだし、まだ良かった。
予選の帰りのバスは全く来なかった。見渡す限りの行列と人の群れ。雨が降り続く。雨露をしのげる場所もない。屋根もない。座る場所もない。高地だから寒 い。日没になり気温はどんどん下がる。濡れて体温はどんどん奪われる。あとで聞くと、気温は13度だったという。実際に何度なのかはともかく、そんなこと になるとは誰も予想していないから、防寒・防水の甘い人も多かった。半袖の人も、カッパを持ってない人もいた。ヒールを履いた女の子もいた。赤ちゃんも子 供もたくさんいた。(そんな奴は来るな、という突っ込みは間違っている。鈴鹿では、女性・子供・お年寄りのような「身体的に弱い」人間だって、知恵と十分 な対策を使えば楽しく観戦できた。)大行列だが、1時間待っても5mしか進まない。暗い。照明もほとんどない。お腹も空いてきた。自動販売機のあたたか~ いお飲み物は、あっというまに売り切れた。バス停近くのトイレは大行列だ。間に合わない女の子も、たくさんいた。心の底から同情した。私だって危なかっ た。ちょっと歩けば他の仮設トイレがあったらしいが、そんな情報はなく、しかも友人がバス待ちの行列に代わりに並んでくれている中で、「あるかわからない トイレや売店を探しに」暗闇の山道を遠くまで歩いていくことはできない。その間に友人がバスに乗れてしまったら、次のバスは何時に来るのか永遠にわからな いからだ。

とにかく希望がなかった。それが一番つらかった。まず、この大混乱に関して何のインフォメーションもなかった。「道路が陥没したため、 一車線になりバスが通れなくなった」というアナウンスが流れたのは、たった一回きりだった。しかも19:30。私がバスに並び始めて三時間後だ。電車遅延 でパニックを起こさない基本は「乗客に迅速に状況を伝えること」だという。そんなことすらしなかった。(ちなみに陥没情報は、行列に並び初めて十分後にア クセスした2chではすでに流れていた。)把握するのが遅いのか情報伝達が遅いのか現場の混乱を把握するのが遅いのか指揮系統がなってないのかあるいはそ の全てか。なんにしろイベンターとして最も必要な能力が欠除していると言わざるをえない。

現場は地獄絵図だった。あんなひどい惨状を私は生涯で見たことがない。私はここで死んでしまうかもしれないと、本気で思った。殺される と。人生においてどんな困難も、悲惨な状況におかれても、しかるべき英知と努力と知恵を持ってすれば、必ず一つくらいは希望の光が見いだせると、これまで 私は信じていた。しかし、あの状況ではどんな希望も見いだせなかった。阪神大震災や満州の引き上げって、こういう状況だったのかもしれない。人間を殺すに は、希望を奪うことが一番効果的だ。どんなに英知を尽くしても希望も逃げ道もないということほど、恐ろしいものはない。

歩いて駅まで帰ろうにも、真っ暗な山道を、道もわからないまま、歩き出すことは自殺行為に近い。しかも公式で徒歩は禁止されている(実 際は徒歩で帰る難民も多かった。バス停で雨の中4時間待たされるなら、2時間かかってもいいから徒歩で駅まで行く方が賢い、と思うのも当然だ。)バスを待 つしかないのだ。しかしそのバスは来ない。永遠に来そうもない。何の情報もない。現場の係員に聞いても、誰も何も把握していなくて埒があかない。食料や毛 布などの援助もない。トイレも混んでいる。誰かに車で迎えに来もらうこともできない(周辺は交通規制で一般車立ち入り禁止。)まさにどうにもならない。八 方塞がりだった。雨で濡れて立ちつくして永遠に来なそうなバスを待ってお腹が空いてトイレすら入れなくて屋根もない屋外で4時間半。それが二万人以上。そ んな状況に、この平成も19年になった日本で陥るなんて。

しかも、空のバスが何台も私たちの前に何もせず停まっているのだ。しかもしかも、私たちの目の前を、空のまま発車していくのだ。どうや ら、「○○行きは何台」と、駐車場ごとにバスの台数が決まっていて、それをこなしたら終了であり、行き先の違うバスを、臨機応変に別の行き先に変えるとい うことすらしないらしい。我々乗客も、「あっちの方が空いてるから」といって臨機応変に行き先を変えることができない(公式で禁止されている。)誰も乗せ ずに腐っているバスを何台も見て、心の底から殺意が湧いた。なぜ新幹線のように車内を解放しない?雨の山奥の屋外で何千人が濡れて待っているんだぞ。女性 もいる。子供もいる。日本語がわからない上に地の利がなくて不安であろう外国の人もたくさんいる。バスを解放するだけでも随分違うのに、どうしてそんなこ とすらできないんだ?バスの行き先を変えて走らせることだって、上の人の判断一つでできる事じゃないか。それすらもできないのか?係員に何を言っても、 まったく埒があかず、挙げ句の果てにこちらの言っていることを聞こえないふりまでされた。希望がない、とはこのことだった。

行列に16:30に並び初めて、バスにようやっと乗れたのは21時だった。宿に着いたときはもう話すこともできなくなっていた。凍死者が出ても全くおかしくない環境だった。あのときの赤ちゃん達は無事に生きて家まで帰れたのだろうか。本当に心配だ。

決勝の行き。9時半から並び、サーキットに着いたのは13:20だった。レースは13時半から。10時から並んだ人は、決勝に間に合わなかっただろう。バスの所要時間は30分と公式に書かれているにもかかわらず、だ。

帰りは、前日の惨劇を知っていたので、レースの1/3を見ずに帰路についた。それでもバスは二時間半待った。五万円以上の金を払って行っ たのに、なんでレースの1/3を放棄しなければならないのか。意味がわからない。前日のバスに関する場内アナウンスも、お詫びも、私が聞く限りでは一切な かった。客を馬鹿にしているとしか思えなかった。

月曜日、私は熱を出した。体温調節機構が完全に狂ったのだろう。仕事ができない。あきらかにF1のせいである。

道路の陥没なんて関係ない。明らかにこれは人災である。(そもそも陥没だってサーキット内の道路なんだから、サーキットの工事がお粗末 だっただけだ。台風が来たわけでもあるまいに、その程度で陥没する道路を造ったのも運営側の致命的ミスだろう。)渋滞は当初から十分予想されていたのに、 何の対策もしなかった。対策をしていた、というのなら、明らかにその対策をした人は無能である。警備員の再配置やバスの再配分や適切な誘導を行うことで挽 回することも可能だったのに、それも全くできていなかった。そして観客は4時間以上、山奥の屋外で雨に濡れながら待たされたというわけだ。東京競馬場はダービーの日には22万人が来る。コミケも3日で48万人来る。それでも、こんな大失態は犯したことがない。地理的に多人数を捌ききれないというのなら、富士にはF1をやる資格がない。ただそれだけのことだ。

私は、もう二度と富士には行かない。適切な反省と対応策と損害補償が見られない限り、富士スピードウェイおよび、その親会社のトヨタを誠実な会社とは思わ ない。私は日本グランプリ主催者に殺されかけた。何匹もパトラッシュが見えた。あ、何匹も見えるのは天使様か。F1を現地まで見に行くような「良質なモー タースポーツファン」の大多数が、富士スピードウェイで殺されそうな目にあったことは紛れもない事実である。この損害は計り知れないだろう。そして、

F1を鈴鹿に返して欲しい。心の底から願う。(2007/10/1)