弁当と病気は自分もち
基準値を引き上げるのだけはやたら迅速な政府に、医者として憤りを覚えます。
緊急作業に従事する労働者の放射線量の限度を100ミリシーベルト/年から250ミリシーベルト/年にさっさとひきあげたこと。これは許せません。こういう時のための、放射線量の「基準」だったはずです。状況が変わったら、お上の命令で引き上げられる基準なんて、一体何の意味があるのでしょうか。労働者を守るものは、もう何もなくなってしまったも同然です。現場の人間の健康を、人生を、あるいはその家族を、いったい何だと思っているのでしょうか。私だって「東京電力の社員は死ぬ気で復旧作業に取り組め」と思っています。しかし、基準は守られるべきです。それが近代社会であり、医学です。
食品や水道水に関しても、同様です。これまで基準がなかったから泥縄的に「暫定基準値」を作ったのは、まぁいいでしょう。しかし、茨城のほうれん草の放射能数値がやたら高かったから、「洗ってから測定」に「厚労省通知」という非常にわかりにくいカタチで変更し、それでも高かったから、やむを得ず、洗ったことを隠して!公表する。これは詐欺です。政府は「あえて国民がミスリードする」ことを狙っているのでしょうか。例えば体重で言えば、「服を着て測定」だったものがいつのまにか「裸で測定」に変わっていたら、数値を聞いた人が誤解をしてしまうのは当然ですよね。まったく油断なりません。水道に関しても、WHO基準があるのに、その上に「日本独自の基準」を勝手に作る。そういったことをコソコソコソコソやって、どうにも仕方ないときにやむを得ず公表する。
放射能汚染は基本的には福島原発周辺の局所的な問題ですが、食品になると話は別で、遠く離れた地でも内部被曝を起こすのは、もうみなさんご存じだと思います。そのため日本全体が被害範囲になろうかという、そういうところで基準値の操作をして「安全です、冷静に」という完全なデマを発表する政府に、心底呆れかえりました。
原発事故の世界的基準である「最悪を想定した発表」は、最後まで、しないつもりなんですね。あれだけ、「最悪の想定でオーバーなくらいの対処をしろ」と、内外から言われているのに、日本の官僚組織にはそれが出来ないのですね。それでは、もう、風評被害を防ぐことは出来ません。買い占めを防ぐことも、責めることもできません。いくら大げさに身を守っても、もうそれを「大げさだ」と言うことは、出来なくなってしまいました。それは風評被害ではなく、自分の身を守るための「当然の自衛」です。むしろ、後世から見たら「賢い選択」かもしれません。政府が「最小」の発表しかしないから、国民は「過剰な防衛」をせざるを得なくなったのです。風評被害を作り出しているのは、いまだに放射能汚染を過小評価している政府の発表、そのものなのです。もう、私は、今回の原発の件に関して、「過剰防衛」と「風評被害」という言葉を、患者さんに対して一切使いません。それらはすべて、自分で自分の健康を守る、または親が子の健康を守る、人間として当然の「自衛」になりました。
よく診察室で「先生だったらどうしますか」「先生の家族だったらどうしますか」と聞かれます。それが人の心理というものです。自分または自分の家族に勧めないような治療法を勧めてくる医者の言葉は、誰も信じません。そんな医者の言葉に命を賭ける患者など、いません。
誰だって、自分だけは病気になりたくないんです。他人の言うことを信じて病気になったとしても、苦しむのは自分だけ。他人はその責任を取ってくれないし、痛みを分かち合ってはくれないのです。北関東の農作物が何もかも売れないのも、いわきに行くドライバーがいないのも、「風評被害」ではありません。残念ながら、すべて個人個人が「当然の自衛」をしている結果なのです。菅総理大臣だって、雨が降ったら福島に行くのを止めてしまいました。色々な言い訳も用意されているでしょう。でも、申し訳ありませんが「黒い雨」が怖いから辞めた、としか見えません。それも当然の心理なのです。それが、「弁当と病気は自分もち」という心理なのです。
菅さんはもう昔のように一市民ではなく、避難指示を出せる(出さなくてはいけない)立場にいるんですから、風向きを気にしないでいい50km範囲内の避難指示を出してあげてほしいと、ずっと思っています。そこにきて「20~30kmの自主避難」を宣言するにいたっては、もう、政府が国民を見殺しにしていることを、自ら露呈しているも同然です。もうこの政府は、積極的決断は何も出来ない、お前ら勝手に行動しろ、でも結果は自己責任だからね!と、自分で白状しているのです。非常に残念です。
チェルノブイリ原発事故で医師として医療支援に当たった菅谷昭松本市長の勇気ある発言から、ポーランドの対策を孫引きしておきます。
・チェルノブイリ事故から4日後に国の命令で、乳牛に新鮮な牧草を与えることを禁止。
・100ベクレル/kgの牛乳を子供や授乳中の女性に禁止。
・4歳以下の子供には原則として粉ミルクを飲ませる。不足部分をオランダから輸入。
・子供や妊娠、授乳中の女性は新鮮な葉物を控えるように指示。
・ヨウ素剤を全病院、保健所、学校、幼稚園に配備して1000万人超の子ども、700万人の成人に投与
これをやるのが、真の政治主導でしょう、管総理。あなたの鶴の一声で出来るのに、ポーランドで前例もあるのに、なぜやらない。今回の政府の対応は、今後の歴史の中で、医学的にも政治的にも国際的にも、繰り返し強烈な非難にさらされ続けることでしょう。
もはや政府の言うことの信憑性は地に落ちたので、データだけもらって、民間やネットやTwitterからもデータと情報をもらって、各自で自衛するしかなくなりました。ただちに健康に影響はありませんが(笑)今後の5年10年も、東京に住み続けられるかどうか。妊娠しようと思えるかどうか。小さい子供を安全な環境で、健全な精神状態で育て続けられるかどうか。どこかへ引っ越したところで、そこで経済的・精神的な安定を得られるかどうか。一人一人が自分の社会的条件を考えながら、色々な可能性を天秤に掛けて、行動をしなくてはいけなくなりました。
皆で健康で、生き延びましょう。2011/3/28