世界の中心、中央線沿線に生まれる。
幼い頃より画文に傾倒。父は手塚治虫だと信じて疑わず育つ。16歳にして漫画家デビューを目指すも家族の反対にあい、受験勉強をやらざるを得なくなる。
わからんちんな周囲をぎゃふんといわせるために一流大学に進学することを決意、やけくそになって勉強。医学部に入学。その理由は医学生にありがちな「ブラックジャックになりたかった」わけではなく、どちらかと言うと「手塚治虫になりたかった」ためであることに最近気が付いた。腐った脳味噌を抱えたまま卒業、研修医になる。
研修医しながら、学生の間にお世話になっていた出版社にて、マンガと短い文章の連載を開始。その後いろいろあって現在に至りまくり。
紫式部、芥川龍之介、三島由紀夫、手塚治虫、フレディー・マーキュリー、ナンシー関(没年順)
スピッツ、ソウルフラワーユニオンおよびモノノケサミット、くるり
奈良の仏像、京都の仏閣、岡田斗司夫大先生とBSマンガ夜話、中央線、国分寺、吉祥寺、中野ブロードウェイ、高校の国語教師
これらのものの一つでも私の人生から欠けていたら今の私はなかったことでしょう。 こよなく愛しています。ありがとう。